「くちぶえサンドイッチ」松浦弥太郎(集英社文庫)
「ポケットにはいる掌編エッセイの傑作」
高遠ブックフェスティバルから浜松市に帰ってきて、無性に本が読みたくなりました。移動する書斎というコンセプトでつくりこんだワンボックスカー(ハイエース)を若いイケメン社員に運転してもらいましたので、移動中に本が読めるはずなのです。でも、私は自動車の移動中に書籍を読むと、車酔いしてしまうので読めません。高速道路走行中の車窓から見える、隣のクルマの中には、お父さんはハンドルを握って、助手席の奥さん、後部座席の娘さんが文庫本を読んでいるという高速移動型読書家族がいました。私はそういう様子をみるだけで、酔ってしまいそうになりました。
東京に住んでいたときは移動時間とは電車の中であり、つまりは読書時間。クルマの仕事をして、読書の楽しみが減ったと思います。ちょっぴり残念。
家に帰って、息子に離乳食のおかゆをたべさせてから手に取ったのは『くちぶえサンドイッチ』。松浦弥太郎さんの文庫です。松浦さんといえば、『暮らしの手帖』の編集長として活躍されていますが、その前はカリフォルニアの路上で書籍や古ジーンズを売って生きてきた自由人。後に、移動する古書店というコンセプトでトラックに書籍を積み込んで巡業をしてきた人として知られています。
文庫1頁にひとつのエッセイという構成。どこから読んでもいい。どこで頁を閉じてもいい。こういう作りのエッセイ集は、高遠ブックフェスティバルというホットな場所から帰ってきた今の私にはもってこいの形式でした。ジーンズのポケットにねじ込んで移動できる感じ。
さっと頁を開くと、
「昨日、机を作りました。最初に寸法を決めて、新聞広告の裏に設計図を描きました。材料屋で木材をその通りに切ってもらい、ふうふう言いながら家に持ち帰りました」
机をつくることなんて簡単だよ、という職人の町に住んでいると、東京で机をつくろうとしている松浦さんの意気込みが、ぷっと笑ってしまいたくなります。自分で手足を動かしたい、世界を実感したいというタイプみたい。私はいま木工細工の木ぎれが転がっている現場でキーボードをたたいています。机をつくるための材料は転がっています。
別の頁を開くと。
「久しぶりにうどんでも食べようと友人と会いました。約束の店に行くと、先に着いていた友人はぼくに「はい、これ」と大きな包みを手渡してニコニコ顔。それは二ヶ月前に注文していた彼が作ったマウンテンブーツでした」
マウンテンブーツを作ることができる友人! そういう友人はいないのでうらやましい。私は革靴を買うときには、修理がしやすい靴底を選びます。すり切れても張り替えれば何年でも履ける丈夫な革靴。自分で修理してボロボロにした革靴。その靴で、オーストラリアと中東を旅をしました。うどん屋とマウンテンブーツというミスマッチ。マウンテンブーツの受け渡しなら、スタバのようなカフェのほうがいいよ。
数行ごとに、反応している自分がいます。
こうして、私は松浦さんのエッセイとひとりで対話していきます。この文庫は半年くらい前に買って、カバーを取り外して、むき出しのままでジーンズにつっこんでいました。
ノンブルは331頁まであります。速読をマスターしているはずなんですが、まだこのエッセイ集を読み切っていません。だって、読んでもすぐに内容を忘れてしまうので、何度も楽しむことができるのです。松浦さんのエッセイと自分自身との対話もそのときの気分でくるくる変わります。小さな日常が奇跡かも、と感じられる。その感じを楽しみたいから、また手に取ってみたくなる。