書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

『葬式は、要らない』島田裕巳(幻冬舎)

葬式は、いらない

→紀伊國屋書店で購入

「高額な葬式代を出したくない人のための実用書」

 生命保険に加入した。妻子がいる身としては、当然のこととして受け入れた。生命保険のビジネスモデルとはどういうものなのかと真剣に考え始めたのは加入してからだ。
 保険の営業マンは、僕が40代で加入したことを問題にした。妻が14歳年下なので、僕は統計的に早く死ぬことが明らかであり、そのための備えとしてかくかくしかじかのプランに加入するとよい、と説明する。二言目には、「死んだときのために」である。こんなセールストークがあるのか。なんとクールなビジネスなんだろう。「葬式をあげるときに日本人は平均して300万円かかりますから、そのお金がまかなえるプランにしましょう」といわれた。僕は顔が広いので、まぁ、それくらいかかるかな、と思った。そのときはね。

 いま生命保険業界は揺れ動いているので、別の生保への乗り換えを考えている。見積もりだけでも取る。別の営業マンと会ったときも同じような、葬式の価格について説明された。

 そのときこう答えた。「九州であげた結婚式でも友人を5人しか呼ばなかった。葬式に来てほしい人は特にいない。家族だけの密葬で十分。葬式代にあてるお金の全額を妻子に残したい。遺書を書いて、葬式をしないでいい、と意思表示したいくらいだ。墓石もいらない。僕の墓標は著作。墓標がもうあるので、墓石は不要。そもそも平均300万円という葬式代は異常に高い」。営業マンは、「日本人の葬式大は世界一高いんです」という。

 島田先生に教えを乞うことにした。宗教学を専門にしている島田氏は、オウム真理教擁護の発言をしたとして大学からパージされた人だが、その博覧強記とまじめな文筆活動から、いまや売れっ子作家である。僕は島田氏の著作のなかで、初めて実用書を読んだことになる。

葬儀費用の日本の全国平均は231万円。

(財団法人日本消費者協会が2007年に行った調査データ)。

アメリカでは44万4000円。

イギリスでは12万3000円。

ドイツでは19万8000円。

韓国は37万3000円。

(いずれも1990年代の調査データ。冠婚葬祭業の株式会社サン・ライフの資料から)。

 いくらなんでも高すぎである。この葬儀代を、大家族の親兄弟が共同で出費してきたのだ。しかし、いま日本社会は、超高齢化と、単身世帯が増えたている。高額な葬儀をすることができなくなっている。231万円の葬儀ができないことは、恥ずかしくもなんともないのである。

 

 島田氏はこうした経済的な側面から、従来の葬儀が持続困難になっていることを指摘するだけでなく、葬儀をするという習慣も消えつつあることをさまざまなデータから論述していく。

 日本独特の戒名という制度。高額な戒名への抵抗を示す人が増えている。そもそも戒名という制度にたいした根拠がないことも論証している。 戒名は自由に自分でつけていい、ということまで教えてくれるのである。

 せっかく生命保険に加入して死ぬのだから、そのお金を遺族に残すのが、加入した人間の義務だと僕は思う。保険金が右から左に葬儀業者にいかないようにするために、使える実用書である。

→紀伊國屋書店で購入