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『ゲド戦記』アーシュラ・K・ル・グウィン(岩波書店)

ゲド戦記

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話題のゲド戦記。映画化するまえにどうしてもおすすめしたかったのだが時は遅し。話題の書になってしまった。と思うのも、映画から知って辿り着くよりは最初からこの世界観に触れてほしいから。

ゲド戦記はやはり「影との戦い」をクリアしないと次に進めないような気がするのは私だけだろうか。

物心ついたころから、我が家には「影との戦い」が本棚にあった。(そう,あのころはまだ「影との戦い」のみで、続きはなかったのだ)何度か手にとって読みかけたのだけれど、同じ岩波のハードカバーでも、ドリトル先生と同じようには読みこなせず、何度も挫折して本棚にしまったものだ。

それをくりかえし、ある時、突然扉が開くように、世界が目の前に現れる。

書籍にも子どもの育ちのように臨界期があるとしたら、まさに、あの瞬間がそうだったのだろう。ただ字面を追っていた幼い日々を経て、同じ本なのに突然ぱっと光がさして、景色が、物語が、自分に語りかけてくる感じ。

ぐいぐい読み進め、本を閉じたときの充実感。影と光。自分に引き寄せて読むことができる時期にこそ、物語の扉がひらく。そんななぞめいた本だ。

働きはじめたある日、すべてがうまくいかないような気がしていたあのころ、そして子どもを出産するのに里帰りした夏・・・実家にふと立ち寄って、ほこりをかぶったゲド戦記を手に取ると、必ずいつも違う出会いをくれた。合わせ鏡のように、自分の心と反射しあう本なのだ。

映画のおかげで全巻セットが売りに出された。これもきっと心にくい神様のお計らいだろう。

この夏、もう一度出会うために。

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