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『ダール、デモクラシーを語る』ロバート・ダール(岩波書店)

ダール、デモクラシーを語る

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「デモクラシーの可能性と不可能性」

ロバート・ダールはアメリカの政治哲学者で、デモクラシーの理論の専門家といっていいだろう。ぼくがこれまで読んだのは『ポリアーキー』の一冊で、すっかり過去の人かと思っていたが、今回イタリアで編まれたインタビューは、九・一一のテロの直後に行われたものであり、まだまだアクチュアルな理論家であることを知らされた。

ダールのポリアーキーの理論は民主主義の理論であるが、デモクラシーではなく、ポリアーキーという言葉を使うのは、現代の民主主義のありかたか、デモクラシーという用語の発祥の地である古代ギリシアの民主制とは、一つの点だけで異なるものとなっているためだ。ダールが示す民主主義の必要条件は次の五つだ。

(1)メンバーが決定に参加する平等で現実の機会をもっていること

(2)メンバーの投票が同じ重みをもっていること

(3)メンバーが問題となっている方式とそこから生じる帰結を理解するために必要なあらゆる情報をえる十分な機会を与えられること

(4)メンバーが動議の案件について最終的なチェックができる条件があること

(5)国家の直接の統治下にあるすべての成人に、参加の権利が平等に認められていること(p.14-15)

ここで最初の四つの条件は、古代のポリス、すくなくともアテナイでは認められていたのであるが、第五の条件だけは該当しない。女性と奴隷と居留外国人(メトイコイ)は政治に参加できなかったのだ。ダールはデモクラシーという用語が作られた古代ギリシアに敬意を表するために、デモクラシーという語はギリシアのポリスに残しておいて、第五の条件もまた満たす政治制度をポリアーキーと呼ぼうとしたのだった(p.20)。ただしダールも認めるように、この語は一般的に普及するものとはならなかった。

現代のデモクラシーは、このすべての成人の参加という条件のために、代表制が必要となる。古代の直接民主主義が実行できる規模ではないのである。さらに現代政治の特徴となるのは、こうした代表制の一つの帰結として、人々を組織する政党や組合などのさまざまな制度が登場することであり、こうした制度なしでは政治参加が実現できないことである。ダールはこうした制度の重要性に注目する。こうした「中間的な構造」なしでは、多元性を確保できないのである。

「現代の代表制デモクラシーがもつ基本的な特徴の一つは、市民が実際に政治生活に参加しなければならない場合に必要になるかもしれない政党や利益集団やその他の結社を連帯して作る権利が保証されていることです」(p.22)。この中間的な構造は、アメリカの独立革命の当初には否定的に考えられたものだった。「アメリカの憲法制定者の考え方では、個人の優位性は非常にはっきりしており、政党や党派はいかなるものであれ、公共的利益とは矛盾するものでした」(p.26)。いまでも利益集団はいかがわしい目でみられることがあるが、ダールはこうした集団は必要であり、民衆の政治参加に役立つものだと考えるのである。

ダールのこうした考え方は一環しており、世界国家や地域連合にたいする反感にもそれが表現されている。カントもまた多元性を維持するためには、世界国家は危険なものとなることを警告していたが、ダールもこうした世界国家では、デモクラシーは姿を消してしまうと懸念する。EUなどの地域連合においても、それぞれの国家の主権が実質的に奪われることで、民主主義と国民の政治参加は困難ななっていくと考える。中間的なレベルで層が厚く、多様なものであるほど、デモクラシーの可能性が高まるというわけである。

同じことは、国際的な機関についても指摘されている。たしかにIMFなどの国際機関では、責任者のアカウンタビリティが国民や大衆に向けられたものではないために、デモクラシーの原理そのものが実現されず、決定が恣意的なものとなりやすいのである。

ダールが指摘するように、こうしたデモクラシーの崩壊は、国際機構などではなく、暴力の突発やテロなどによっても生み出される。「ある程度までの暴力に対しては、デモクラシーは持ちこたえられますが、それを超えれば不可能になるような臨界点」(p.78)があるのである。国中で暴力が蔓延すれば、デモクラシーが不可能になるのは確実であり、一回のテロでも、「テロとの闘い」の名目のもとで、統治者はアカウンタビリティを免れるような政策を採用することができるからだ。デモクラシーの可能性と不可能性をみきわめようとするダールのまなざしは鋭い。

解説の馬場氏が指摘しているように、民主主義の可能な条件という問題を基本的な思考軸に据えたダールの考察は広い範囲に及ぶものであり、「政治学はこのようなものであり得たし、今もあり得る」(p.191)ことを実感させられる書物である。

なおダールの邦訳書にはほかに次のようなものがある。

□アメリカ憲法は民主的か / ロバート・A.ダール [著] ; 杉田敦訳. -- 岩波書

店, 2003

□デモクラシーとは何か / R.A. ダール [著] ; 中村孝文訳. -- 岩波書店, 2001

□統治するのはだれか : アメリカの一都市における民主主義と権力 / ロバート・A・ダール著 ; 河村望, 高橋和宏監訳. -- 行人社, 1988

□経済デモクラシー序説 / ダール [著] ; 内山秀夫訳. -- 三嶺書房, 1988

ポリアーキー / ロバート・A.ダール著 ; 高畠通敏, 前田脩訳. -- 三一書房,1981

□規模とデモクラシー / ロバート・A.ダール, エドワード・R.タフティ著 ; 内山秀夫訳. -- 慶応通信, 1979

□民主主義理論の基礎 / ロバート・A.ダール著 ; 内山秀夫訳. -- 未来社, 1970

□プランニングの政治 / Robert A. Dahl [著] ; [中村陽一, 本部修士訳]. -- 経済企画庁地域経済問題調査室, 1962. -- (経企地域資料 ; 第17号)

□政治・経済・厚生 / R.A. ダール, C.E. リンドブロム [著] ; 磯部浩一訳. -- 東洋経済新報社, 1961

【書誌情報】

■ダール、デモクラシーを語る

■ロバート・ダール著

■ジャンカルロ・ボセッティ編

■伊藤武

岩波書店

■2006.2

■199p ; 19cm

■原タイトル: Intervista sul pluralismo.

■4000237675

■定価  2300円

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