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『東京下町 風が見える街』長尾宏(東京堂出版)

東京下町 風が見える街

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路地爺、長尾宏の微笑み

東京の下町の風景、124枚——土手にのぼって土筆を摘む青い軍手のおじさんと車椅子にすわって待つおばさん/日向ぼっこする赤ちゃんの笑顔に思わず手を合わせて微笑む通りすがりのおじいちゃん/ランドセルをあけて時間割りを見せる一年生/スポンジを乾かす自転車に止まる鳩にえさをあげるお姉さん/投球指導に熱中する父/ベンチで散髪/洗濯機カバーと布団カバーとつつじ/けんかしてブランコにのって仲直り/すいか半分おすそわけ/じいちゃんな、笛うまいんだぞ/自転車なんか治してあげる/雑草の花束/がんもは50円/皇室カレンダー/今年の梅干し/と〜ふ〜/猫と猫、猫に犬、猫が少女、赤ちゃんが猫、犬がおっちゃん、おかあさんが赤ちゃん、おねえちゃんがシャボン玉を。お父さんが娘と、少女が、花に/職人の手仕事、家族の手仕事/赤鬼、恋……。

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「昔日に見た、忘れられない情景を見つけてください」と帯にある。表紙には「Heartwarming Scenes of Old Downtown Tokyo」ともあるから、ページをめくらないと昭和なつかし写真集かなーと思ってしまう。

開いてみると、作り込んだ感じのない、のびやかな写真が並んでいる。さまざまな年代の人たちが行き交う路地裏の好ましい風景には、犬でもなく猫でもなく、アメリカのひとでもなくフランスのひとでもない日本のひとならば、同じような記憶を持たなくても「なつかしい」と言ってしまうだろう。だが舞台は昭和ではない。1993年から2008年3月、写真家・長尾宏さんが、東京の大井町、大森、亀戸、京島、品川、千住、月島、日暮里、羽田、向島、谷中を歩いて撮ったものである。平成だ。今、今の東京だ。

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何度でもめくってしまう。めくってめくって、毎回別のところで笑ってしまう。私たちは可笑しいと笑う。愛しいと微笑む。笑った顔を見ると、また楽しい。サツバツとした世の中だ、せめて可笑しがらなきゃ、愛しがらなきゃ。だからせっせとお笑いだ、ドラマだ!なんてことが、あるものか。

カメラ片手に路地をうろつく「路地爺」が、あふれんばかりの可笑しさと愛しさを、ほら、ご覧、君の周りにもきっとあるよと、縁側に坐って差し出してくれているような本である。いや僕の周りにはきっとない、そう答える子がいるならば、路地爺はコスモスの、アサガオの花だけのページから、あるいは夕暮れの通りのページから、順にめくっていくかもしれない。(あるかないか、ではなくて、感じるものだ。)言葉ではなく、ページをめくる音と匂いで、路地爺は伝えようとするだろう。そんなシーンが、頭に浮かぶ。なつかしさに浸る写真集ではないと、そう思う。

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路地爺と、まこと勝手ながら呼ばせていただいた長尾宏さんは、長く出版社に編集者として勤めながら写真への関心を持ち続け、現在は写真家として活動されている方のようだ。この本の後ろには、撮影の背景もいくつか短く語られている。お顔写真拝見するに、まったく「爺」ではありません。ご無礼を、お許し下さい。装丁は、中島かほるさん。


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