『キミは知らない』大崎 梢(幻冬舎)
小学校の頃はほんとにテレビにワクワクした。
もちろん特撮シリーズやアニメが中心だったのだが、今もイメージだけが妙にくっきりと心に残る番組にNHKの『少年ドラマシリーズ』がある。平日の夕方6時台、30分に満たない枠で2週間全10回くらいを1クールに続けられていたのではなかったか。そんなサイクルだからきっと制作はとても大変だったのだろうと、今にして思う。
個々のドラマの内容をよく憶えているわけではなく、『暁はただ銀色』『七瀬ふたたび』といったタイトルと、ちょっと背伸び加減の謎めいた雰囲気・感触とが、記憶の深いところに染み付いている。その後マンガで何百回と読みふけることになる『11人いる!』が幼心にもキテレツな仮装大会になっていたことなんかも、一生モノの記憶だ。
今回、人に薦められて『キミは知らない』という物語をほぼ一息に読んで、あの『少年ドラマシリーズ』のワクワク感がどうしようもなくよみがえってきてしまった。
幼くして父親を亡くした主人公の女子高生が、1ヶ月でふいに辞めてしまった非常勤の先生のことがどうしても名残惜しくて一人旅に出ることから、物語が始まる。
知らない街、初めて会う人たち、先生の本当の姿。
次々起こる事件、どこまでいくの?と心配になってくる展開の連続、紆余曲折しつつ解き明かされていく歴史的な謎。因果はめぐる糸車…。
女の子は時に憤慨したり不安になったりふてくされたりするものの、基本、明るく前向き、誠実、健全。身を挺して守ってくれる人たちにも次々巡り会っていくのだが、ご都合主義に感じられないだけのテンポ、人物設定、全体構成を備えた物語なので、素直にのめり込んで読み進められる。適度に力の抜けた会話や心理描写も好い。
帰れと言われたのに帰らず、ほんのちょっとの思いで寄り道して、とんでもない事態に追い込まれるのは二度目だった。
という緊急事態で見知らぬ集落の裏山に一人身を隠していると、タイミングよく先生から電話がかかってくる。
「もしもし」
かかってきた先生からの電話に小声で答えた。なんて出にくい電話だろう。足下の枯れ葉をひっくり返し、ダンゴ虫をいじいじとつついていたい気分だ。「今、どこにいる?」
「うーんと、人目を忍ぶ、藪の中」
一句、ひねれそう。
一貫して主人公が頼りにする先生が、彼女を評して曰く、
「ほう。おまえはほんと、えらいよな。どんな展開にも適応できてるみたいで、キャラクターとして素晴らしいよ」
個人的に普段は善悪や主客の彼岸みたいなブンガクに手を出してしまいがち(しかも途中で挫折してしまいがち)なのだが、久しぶりのこの手の物語がぐいぐい読めたのは、きっと心の底にしっかり溜まっていた『少年ドラマシリーズ』の記憶が推進力になったのだと思う。先にも書いた通りドラマの個々のストーリーはぜんぜん憶えていないのだが、トラックの荷台で昼寝してたらいつのまにか知らない街に運ばれてしまって…式の物語が、どれほど幼心に魅惑的だったことか。
健全な女子高生とちょっと皮肉も効いた先生の主役組のほか、ゴッドファーザーの用心棒的な三人組やまごころと根性を備えた奉公人の中年女性、豪放磊落だが少年の心を残す老資産家、先生のダチのイケメンたちや根っからの悪党など、キャラの立った脇役たちのことを思い返すと、上手く映像化されたらきっとすごく面白いだろうなと思う。ちょっとキャスティングを空想するだけでもワクワクする。
でもまあ、おそらくドラマの質(というか予算?)としてはB級だっただろう『少年ドラマシリーズ』がこれだけ長く深く人の心に残るということは、たぶん個々の作品が備える本来のパワーには絶対的な強弱があって、本作はそれが十分強かったからこそ遠い記憶と共鳴したのにちがいないと思う。
(販売促進部 今井太郎)