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『昭和電車少年』実相寺昭雄(ちくま文庫(筑摩書房))

昭和電車少年

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実相寺昭雄の想像力を培ったものは何か」

―それは昭和という時代であり、鉄道という存在であった。

 実相寺昭雄といえば、知る人ならば誰もが知っている映画監督である。私がその名を知ったのは、ウルトラマン関連のいくつかの作品であった。とりわけ、ウルトラセブンにおいて、侵略者であるメトロン星人とセブンが、ちゃぶ台越しに語り合うシーンなど、数々のユニークな作品を手掛ける独創的な映画監督だと思っていた。

 おそらく、この人物については、同じように理解している人が多いのではないかと思う。実相寺氏イコール、ウルトラマンや特撮といったイメージを持たれている方が多いのではないだろうか。しかし本書と出会うことで、不勉強ながら彼が熱心な鉄道ファンであることを知り、最初は驚いたものの、むしろ後には、それが当然のことであるようにも思われた。

 本書を読めばわかることだが、鉄道ファンといっても、それは余技としてなされたようなものではない。鉄道ファン“でも”あったのではなく、まちがいなく、きわめて熱心な鉄道ファンの一人であったのだ。

 そして昭和という激動の時代に、鉄道(あるいはそれ以外の科学技術)の目覚ましい進歩と向き合いながら少年期を過ごしたことが、その独創的な創造力の源泉であったことが、まざまざと理解されるのだ。

 鉄道ファンであると同時に、ウルトラマンファンであった私にとっても、以下のエピソードなどは大変興味深いものだった。それは、ウルトラセブンの「第四惑星の悪夢」という回で、宇宙船のフォルムを、当時実相寺が心奪われていた玉電200形に似せようとしていたというものである。

 「魂を200形に吸いとられていたわたしは、当時、「ウルトラセブン」の後半で演出を担当した折り、その宇宙船のフォルムを200形に似せよう、と思ったのだ。「第四惑星の悪夢」という回である。

 宇宙船が、長い眠りの果てに疑似的な地球へ漂着する際に、その宇宙船の内部を、200形の先進的な構造にしようと思ったのだ。そう、連接車の革新的なフォルムがわたしにとって具体的な宇宙船だったのである。」(P101)

 残念ながら、実際の撮影セットは彼の思い通りには作られなかったようだが、その独創的な想像力が、本書のタイトルどおり「昭和電車少年」として育ったことに由来するものであったことが十二分に理解されるエピソードだと言えよう。

 このように、本書は昭和時代に鉄道に心奪われた少年たちの文化を伺い知るための、格好の著作と言える。寡聞にして、評者がそのように感じた著作の双璧が、本書と宮脇俊三氏の『(増補版)時刻表昭和史』である。

 もちろん、いずれの著作も回顧的に記されたものだから、一時的な歴史的資料としての価値については十分とは言えないのかもしれない。だが、他にもいくつか、オールド鉄道ファンが記した回顧録のようなものは存在するものの、それらが(ある意味では当然だが)鉄道そのものの記録に偏りがちなのと比べ、これらの著作は、一歩引いた視点から、当時の時代状況や背景も交えて文化論を語りつつ、その上で、鉄道そのものの実態をも記述成し得ている点において、まさに見事というほかないのである。

 評者はかつて、鉄道ファンの歴史社会学を研究テーマとした際に、数々のオールド鉄道ファンの方々から興味深いお話をお聞かせいただいたが、可能ならば、このお二人には、ぜひともお会いしてみたかった。だが、その頃にはすでにこの世にはおられなかった。しかしながら、本書の価値はきっと変わらずに読み継がれることだろうと思う。

補足

 本書は2008年にちくま文庫に収録され、「ブンコのおまけ」も付いていてお得である。だが出来るならば、2002年にJTBパブリッシングから刊行された、ハードカバー版も併せてお読みいただきたいと思う。実相寺氏の手による表紙の電車イラストもさることながら、吉村光夫氏が書かれた帯文が絶妙なのだ。せっかくなので、以下に引用したい。

「電車オタクへ

 この本には電車の形式の説明は勿論、その電車が走り始めた頃の環境や時代背景が描かれ、若い君たちの知らないことが多い。それに還暦過ぎのオジさんの文章だからなかなか味がある。学校を出てテレビ局に勤め、映画監督になった著者の表現力はさすが。鉄チャンもこうありたいものである。

 電車オタクに悩んでいるお母さんへ。お子さんが心豊かな趣味人になれる可能性がこの本には秘められています。 吉村光夫

 記録的でありながら抒情的でもあり、実に読み応えのある本書の魅力を、うまくとらえた文章というほかないだろう。実相寺氏と同じく現在のTBSに勤務し、ロンちゃんのニックネームで親しまれ、これまた熱心な鉄道ファンで知られた吉村氏も、すでにこの世にはおられない。だが評者は、幸いにして生前の吉村氏から、一度だけお話を聞く機会に恵まれた。

 出来る限りそう遠くない日に、こうしたお話を元にして、本書に負けないような、鉄道ファンの歴史社会学を著作としてまとめ上げたいと思う次第であり、そのように、読者の想像力をも強く喚起するような魅力を、本書は持ち合わせている。


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