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『のりもの絵本―木村定男の世界 <1><2>』関田克孝 監修・文(フレーベル館)

のりもの絵本―木村定男の世界 <1><2>

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「ホンモノよりもリアルな「のりもの絵本」の世界へ」

 かつて、「のりもの絵本」というジャンルがあった。鉄道を筆頭に、自動車や飛行機といったさまざまな乗り物が、おおむね小学校入学前か低学年の子ども向けにわかりやすく、描かれた絵本であった。

 

 本書の解説を担当している関田克孝氏によれば、およそ明治中期から大正期にはその萌芽が認められ、戦前に一時的な発展を見たのち、戦時色が強まった時代を超えて、戦後に特に大きな発展を見たジャンルであるという。まだ敗戦の痛手を引きずっていた終戦直後においても、「キンダーブック」や

 「講談社の絵本シリーズ」などが復活し、「皇国史観的なもの、戦争美談ものはリストから消え」(P11)、実物の鉄道に先駆けて夢ある世界を花開かせていったジャンルであった。

 この100年あまりに渡る「のりもの絵本」の歴史において、その後半のおよそ50年間にわたって乗り物を描き続け、まさにこのジャンルの第一人者たる画家こそが、本書が取り上げている木村定男氏であった。

 木村氏は、1922年に大阪に生まれ、大阪美術学校西洋画部本科を卒業後、大阪市立都島工業専門学校に講師として勤務したのち、出版美術界に転向し、「のりもの絵本」のジャンルで、長きにわたって活躍をすることとなるが、その期間は、終戦直後から亡くなる1999年までのおよそ半世紀にわたった(本書表紙裏)。

 評者と同世代にあたる鉄道ファンの方々も、木村氏の筆に魅了された経験があるのではないだろうか。評者は1976年の生まれだが、子どもの頃に読んだ「のりもの絵本」は、思い返せば、ちょうど木村氏の活躍期間の中ごろから後半に位置づけられよう。

 木村氏が描く乗り物の絵の特徴を一言で言うならば、「ホンモノよりもリアル」というに尽きる。

 一つには、これも関田氏が指摘するように、それまでの平板的で2次元的であった絵本の世界に遠近法を多用し、「より立体的な構図」や「はっきりとした遠近や陰影、物の質感を強調する描写へと」変化させ、いわば3次元的な世界を確立したことが大きいだろう(P3)。とりわけ新幹線からリニアモーターカーへといたる戦後日本の電車の発展について、そのスピード感をあますところなく、絵本の世界に表現した点が大きな魅力であった。

 そしてもう一つには、絵本だからこそ描ける世界というものがあったように思う。もちろんそこには、乗り物のメカニズムを極めて精緻に描き出せる画力が前提になるのだが、未知の外国の鉄道の様子や、未来の鉄道の予想図なども、木村氏の描く絵本の大きな魅力であった。

 あるいは、実際には写真に撮れないような新幹線と在来線特急列車の迫力ある並走シーンであったり、あるいはターミナル駅の複雑な階層構造や、機関車のメカニズムの解剖図など、今日ならばCGで簡単に描き出せるものかもしれないが、それらがあくまでアナログに手書きで精緻に描かれているのを見て驚いた記憶もある。そして、必死に真似をして描画しようとしつつも、到底叶わなかったという記憶もある。

 言うなればそこには、(あえて矛盾めいた表現をするならば)「リアルな虚構世界」とでもいうものが存在していたのだろう。未来の交通予想図で言えば、そのあまりに精緻な画力ゆえに、単なる荒唐無稽な夢物語ではなく、いつの日か具現化しそうな世界に思えて仕方なかったのだ。

 さらに筆を滑らせるならば、かつて多くの少年たちが、木村氏の描く「のりもの絵本」を必死に真似しようとしたふるまいとは、決して単なる描画にとどまるものではなく、その「リアルすぎる虚構世界」を本当のリアルな社会において実現しようとして、未来への想像力を育んでいたふるまいだったのだと言えるだろう。

 そして、今日の少年に対してでも、その魅力は十分に伝わるようだ。私事で恐縮だが、鉄道ファンである小学2年生の息子に本書を見せた際の第一の印象は、「パパ、この絵、どうしても絵に見えないよ」というものであった。

 今日では技術の進展もあり、また木村氏ほどの画力をもって乗り物を描ける画家がもはや存在しないということもあるのか、「のりもの絵本」のほとんどが写真のグラビアページで占められてしまっている。そこには、懸命な模写を通して少年たちの想像力を育む機会が失われていっているようで一抹のさみしさを覚えざるを得ない。

 だからこそ、かつての「のりもの絵本」の世界の魅力を、あますところなく伝えてくれる本書の存在をここで高く評価したい。ハードな装丁の上に、1・2巻を合わせると、やや高価かもしれないが、十分にそれに見合った内容として評価できる。

 かつて、「のりもの絵本」を楽しんだ世代のお父さん、おじいちゃんたちに、息子や孫たちとともに楽しんで頂きたい画集である。


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