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『ゲーミフィケーション―“ゲーム”がビジネスを変える』井上明人(NHK出版)

ゲーミフィケーション―“ゲーム”がビジネスを変える

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「「ゲームの現実化/現実のゲーム化」」

 本書は、昨今のウェブ業界やマーケティング業界を席巻しているゲーミフィケーションという言葉について書かれたものである。冒頭で筆者も述べているように、この多義的な言葉の定義を明確化することが本書全体を通しての目的であり、実際の様々な事例を取り上げながら議論が進められていく。

 さて、ゲーミフィケーションとは、単なる「ゲーム化」とは異なった概念だ。「あるマンガ作品や小説が、ゲームになる」ということを指して「ゲーム化」というが、ゲーミフィケーションはそうした動きも含みつつ、もっと幅の広い概念である。

 例えば冒頭で紹介されているのは、著者を中心として行われた、節電をゲーミフィケーションする試みである。最初は、著者がツイッターで自宅の電気メーターの使用量の数値をつぶやいていただけだったのが、やがてそれを仲間と共有するようになるとともに、iphoneのアプリとしてリリースするまでに至ったのだという。このことを通して、単なる数値に過ぎないもの、あるいは電気の使用量を控えるというだけの行動が、明確に区切られた時間や場面設定の中で、数値化された目標を仲間と競い合うようなものへと変化していったのである。

 またこれは一例に過ぎないものであり、本書のP130~131の一覧表にも示されているように、ゲーミフィケーションには無数の可能性がある。

 こうしたゲーミフィケーションの動向について、その要点を著者は「補助線を引くこと」(P70)とパラフレーズしているが、これは分かりやすい喩えだろう。そこからも想像されるように、実はゲーミフィケーションという動向は、最近のものではなく、昔から存在していた。これも本書で取り上げられているように、いわゆる「万歩計」の類いがその好例である。ただの歩くだけ行動が、「数値化」という「補助線を引く」ことで、明確な目標が掲げられることになるのである。

 だがかつての「万歩計」との違いに注目すれば、やはりソーシャルメディアの普及を通して、こうしたゲームのリアリティを他者とリアルタイムに共有できるようになってきたことが重要なのだろう。それでいうならば、これも本書で取り上げられていることだが、SNSは人間関係のゲーミフィケーションと考えることができる。いうなればそれは、友人の数やコメントの数を競い合うようなものともいえるからである。

 本書が高い評価に値するのは、こうしたゲーミフィケーションという動向を、単なる新奇な現象として取り上げるだけでも、あるいはマーケティングに役立つという狭い視野で注目するだけでもなく、いうなれば、この社会のリアリティを根底から覆すような変化として、幅広い視野から論じようとしている点にある。この点で、ゲーミフィケーションを論ずる類書はいくつか存在するものの、それらを一歩抜きんでようとする野心にあふれた著作と言えると思う。

 ただそれで一つだけ言うならば、末尾の「付録2 ゲーミフィケーションの概念」については、少し残念なところがある。広義と狭義のゲーミフィケーションを区別して定義するのは卓抜なアイデアだと思うのだが、それならば、広義の概念はもっと冒険してもよかったのではないだろうか。「ゲームが社会的な活動にとって役に立つこと全般」と定義されているが、それこそ東浩紀がかつて『ゲーム的リアリズムの誕生』で論じたことに連なるような、「「ゲームの現実化/現実のゲーム化」に伴うリアリティの変容、あるいは社会変動」というぐらいに大きな動向として定義してもよかったように思われる。

 この点では、宇野常寛氏を中心とする『PLANETS vol.8-僕たちは〈夜の世界〉を生きている』(第二次惑星開発委員会)が、ゲーミフィケーションを拡張現実やソーシャルメディアといった概念と関連付けながら、より広範な社会的文脈から論じているので、そうした関連書とも合わせて本書を読むとより理解が深まることだろう。

 いずれにせよ、今起こりつつある新たな動向を理解するうえで、本書は格好の導入を果たしてくれる著作と言ってよいだろう。


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