『社会学ウシジマくん』難波功士(人文書院)
本書は、マンガ『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平)を題材に、「社会学の成果を紹介しつつ、社会学の多面性や魅力」(P115)を伝えようとしたものであり、現代日本社会の様々な問題点が浮き彫りにされると共に、それらに対して社会学がどう向き合うことができるのかが示された著作である。
プロローグで示されたリスク社会論(「今のこの時代に、この地球に生きるがゆえに、誰もが避けようのないリスク」―P27)に始まり、都市社会学、家族社会学、教育社会学、メディア論、ジェンダー論、感情社会学、労働社会学、社会病理学、福祉社会学、そしてエピローグの社会階層論にいたるまで、リアルな社会問題を入り口にして、社会学の多様性とその魅力を伝える入門書としての試みは、十分に成功しているものと思われる。
あとは、主たる想定読者である学生たちが、マンガのウシジマくんを興味をもって読んできてくれるかどうかがカギだと言えよう。
さてその『闇金ウシジマくん』とは『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で不定期に連載されているマンガだが、2010年にはテレビドラマ化、2012年には映画化もされた人気作品である。
しかしながら人気作品とはいっても、多くの人にとって読後感のよい作品ではない。というのも、その作中の登場人物は、様々な事情から困難を抱え、やむなく闇金に手を出すことになり、やがてその多くが人生の破滅を迎えていくことになるからである。評者もこのマンガの熱心な読者だが、読んだ後にはしばしブルーになることが多かった。
だが、著者の難波氏は、このマンガについて、次のような読後感を覚えたのだという。
「社会学って、こんなことだったんじゃないのかなあ・・・。」(P15)
もちろん、誤解のないように記せば、社会学が人々の人生の破滅を好んできた学問というわけでは決してない。むしろ「21世紀初期のアンダーグラウンドシーンを活写した資料」(P15)として、そのリアリティの高さに惹かれたということなのである。
この点について難波氏は、自身が社会学に惹かれる原体験ともなった著作として、シカゴ学派に代表されるエスノグラフィの数々を挙げている。それらに倣うならば本書は、『闇金ウシジマくん』という作品を通して現代社会の様相を描き出した、「メディア・エスノグラフィ」であると評することもできるだろう。
さらにこの点で言うならば、いわゆる都市社会学のモノグラフやエスノグラフィに連なるものとしてだけでなく、関西圏の社会学者を中心に発展してきた文学の社会学の系譜に連なるもの、あるいはその現代版と位置付けてもよいのではないかと思われる。
それも、文学からマンガへと、単純にその表現方法が文字からビジュアルなものへと変わったというだけではなく、前者がどちらかといえば社会的な自己の問題を取り上げることが多かったのに対して、後者が(他者や周りの風景を描きこまざるを得ないマンガのメディア特性もあってか)リスク社会論のような広範な社会背景に迫る議論へとつながっていくというその対比も興味深い。
このように本書は、マンガを入り口に現代社会を考えるという、一見たやすそうに見えて、実は―著者の豊富な学識も垣間見せながら―奥深い探究へと読者をいざなう著作である。
一つだけ惜しむらくは、実際のマンガのシーンの引用が少ないために、「あああの場面か」と思いだすのに少し手間がかかることだが、その点については、現物の『闇金ウシジマくん』を傍らに置きながら、本書を読み進めていただければよいのではと思う。