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『白書出版産業2010』日本出版学会(文化通信社)

白書出版産業2010

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「出版の大転換期を考えるための「事典」」

 本書は、2004年に日本出版学会によって出された『白書出版産業』の続編、または改訂版にあたるものである。前作が1990~2002年の間の変化を対象としていたのに対して、本書は1999~2008年の10年間を対象としている。

 大きくは、「Ⅰ 産業」から「ⅩⅠ 関連産業」に至るまでの11のジャンルに分かれつつ、さらに73からなるトピックが取り上げられ、それぞれについて、詳細かつ最新のデータに基づいた考察が展開されている。関心のある人は、興味の惹かれるページから、好きなように読み進めるだけでも学ぶところが多いだろう。

 さて、この10年間は、末尾で本書の編集にあたった木下修も述べているように、まさしく、活版印刷技術の発明に匹敵するほどの革命的な変化のあった時期といえる。

 主としてその内実は、デジタル化・電子化の進展と、それと並行した出版市場の長期的で継続的な規模縮小であるといえるが、実はこの2つ、大きく関連しているのは事実だが、だからといって、完全にイコールな現象でもない。

 というのも、これまた木下が述べるように、出版産業にもいくばくかのプラス要因は実は存在しており、例えば「情報ネットワーク化、デジタル情報技術の進歩、大型書店の大量出店と売り場面積の増加、新しい巨大流通センターの設立・稼働、「朝の読書」の実施校増加、子どもの読書推進法の実施」など、需要の創造や市場の拡大につなげうる動向もあって、「出版産業は依然タフであり市場はダイナミズムを失っていない」と思われるからである(P231)。

 先月(2013年6月30日)の書評でも、松田奈緒子氏の『重版出来』(小学館)という作品を、出版業界の浮沈が掛かったマンガだと評したが、同作品にせよ、そして本書にせよ、現状を冷静かつ客観的に見つめ直し、その問題点を前向きに乗り越えていこうというスタンスがある限り、出版という文化が、何らかの形で残り続けるのではないかという希望的な観測もほのかに感じられなくはない。

 また、メディア論的な観点から言っても、新旧のメディアの入れ替わりとは、古いものが全て新しいものへと移り変わっていくというよりも、むしろ選択肢が増加する中で、古いメディアも新たな役割を得て生き残っていくことのほうが多い(テレビ登場後のラジオを考えると分かりやすいだろう)。

 もちろん、だからといって出版界が楽観的でいられないことは事実だが、本書は、こうした出版界の現状や問題点を知る上で、格好の著作であり、その網羅性、データの豊富さ、あるいは内容の重厚さからして、「白書」と呼ぶよりは、「出版学事典」と呼ぶのがふさわしいような著作である。ぜひ関心がある多くの方にお勧めしたい一冊である。


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