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パンカジ・ミシュラ『アジア再興』(白水社)

Theme 2 亜細亜へのまなざし

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予想に反した読後感が残った。なにせこのタイトルにこの帯の煽り文句(アフガーニーが煽る/梁啓超が跳ぶ/タゴールが唸る)である。「アジア再興」をめざし「帝国主義に挑んだ志士たち」の活躍を描いたノンフィクションであろうという先入観を持ったことは責められまい。その先入観が的外れではなかったにもかかわらず、読後にぬぐいきれず残ったものがなしさ、それが「予想に反した」のである。帯にも名前の挙がる主人公たちは世界を飛び回り、それぞれの祖国を背に負って、西洋の〈帝国主義〉に抗した。しかし一方で、実は彼ら自身も、滅び行く〈帝国〉の申し子だったのではないか。

本書の原題は、From the Ruins of Empire。帝国の廃墟から立ちあがった彼らの活動を重ね合わせて浮かぶ輪郭を「汎アジア主義」と呼び、西洋の帝国主義に抗した「アジア再興」の運動と評価することはできようが、まずその前段として、彼らの活動は既にきしみつつあった彼らの帝国の崩壊をも視野に入れた、秩序再編の試みであったことに思いをいたすべきであろう。でなければ彼らの活動が祖国を変革し、再強化しようとするところから始まることがわかりにくいからである。

時代の節目を捉えようとするときには、新たに興ったものよりも失われてしまったものに目をやってはじめて見えてくるものがある。崩壊する帝国と勃興する帝国の狭間を駆けた本書の主人公たちの意図は、時代を経て後のアジアのナショナリズム勃興を導く形で芽を出した。そこに一抹のものがなしさが残る。彼らが意図して/意図せずして導いた歴史の変革の経緯を、この重厚な本を手にとってぜひ追体験していただきたい。

東京大学出版会 中野弘喜・評)

※所属は2016年当時のものです。