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シドニー・デッカー『ヒューマンエラーは裁けるか』(東京大学出版会)

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本書の原題は、Just Culture: Balancing Safety and Accountabilityである。Just Cultureは専門用語で、意味は「公正な文化」と訳すのが正確なようだ。この「ジャスト」は「ジャスティス」(justice=正義、公正、裁き)の語源と共通するものである。邦題をこのようにしたのは、伝わりやすくてよかったと思う。本書は、医師、看護師、パイロット、警察官、ソーシャルワーカー等々の専門家がミスやエラーをおかしたとき、どのように責任を問うのかを考察する。私たちは、それぞれ専門的な仕事を行なっている。プロの仕事は、基本的に時間との闘いだ。ゆっくり丁寧にやるなら非専門家でも出来ることがある。しかし、職業的なプロは短時間で質の高い作業をする。とりわけ、人の命にかかわる仕事は、瞬間の判断の適切さが問われる。だが、そうした職業人であっても、日常においては、体調不良、精神疲労のなかで仕事に従事していることが間々あるだろう。少々悪条件であっても失敗が起こらぬようにするシステムとノウハウが必要だ。事故には、大別するとスキル不足によるものと怠慢によるものがある。安全な社会を実現するには、本書が考究しているような、原因の分析、責任の所在の明確化、再発防止の方法論、それらが大事だ。そこを問題化しているこの本は、専門性を越えて多くの人びとに読まれるべき本であり、職業意識、職業倫理について考えるときの重要な参考書となる一冊である。

みすず書房 島原裕司・評)

※所属は2016年当時のものです。