書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

『 Going Rogue : An American Life』 Sarah Palin(Harpercollins)

 Going Rogue : An American Life

→紀伊國屋書店で購入

「言い訳に終始したサラ・ペイリンの自伝」


 アメリカの政治の動きを追うことは、僕にとっては趣味の一種に入るかもしれない。

 ニューヨークに住む僕はウルトラ・コンサーバティブともいえる、ラッシュ・リンボー、ショーン・ハニティ、マーク・レヴィン、スティーブ・マルツバーグ等のトーク・ラジオ番組を時々聞いている。

 個人的にはリベラルな考え方である僕は、司会者たちまたは番組に電話をかけてくる保守的な視聴者の意見を聞き、怒り心頭に達したり、「本気でそんなことを言っているのか」と耳を疑ったりしている。ウルトラ・コンサーバティブたちの考え方は、あまりもアメリカ中心でどうしても相容れないところがあるが、アメリカを知るうえでは、彼らの意見を知ることが欠かせない。

 一方夜はケーブルTV局MSNBCで、クリス・マシュー,キース・オルバーマン、レイチェル・マドウと続く、リベラル・メディア陣営のゴールデンタイム番組を観て、心を落ち着かさせている。リベラルな考え方を持つ人々がいて堂々と戦っているのもアメリカである。

 今回紹介するのは、コンサーバティブの一角をなす元共和党副大統領候補サラ・ペイリンの自伝『Going Rogue』。

 本の内容の前に、アメリカにおける彼女の位置をざっと紹介してみよう。

 前回の大統領選でジョン・マケインから副大統領候補の指名を受けた彼女は、それまでアメリカ全州レベルの政治舞台ではほとんど無名の存在だった。人々は「Palin」というラストネームをどう発音するのか確かでなかったくらいだ。だが、5人の子供の母(その内1人はダウン症の子供である)であり、ジェラルディン・フェラーロ以来の女性副大統領候補であるペイリンの登場に共和党陣営は沸き、彼女は一気にマケインの人気を押し上げた。

 ペイリンの登場は、女性大統領の誕生を願っていたヒラリー・クリントンを応援する人々の票をオバマ陣営から奪うのではないかと一時は本気で懸念された。

 アメリカは当然、ペイリン候補のことをもっと知りたがった。反中絶、強いアメリカ、愛国心、信仰、反ワシントン、ホッケー・マム(家庭を持つ普通の母親)等が彼女が打ち出したイメージだったが、どんな人柄なのか、どれだけの能力があるのかは全く分からなかった。

 アラスカ州知事であったペイリンに副大統領としての能力が備わっているのか、実際のところマケイン陣営でさえ分からなかったと思う。マケイン陣営は、ペイリンの囲い込みを始めメディアのインタビューを制限した。

 しかし、彼女もいつかはメディアのインタビューを受けなければならない。そんななかで、アメリカのテレビ局ABCがペイリンのインタビューをおこなった。大きな注目を集めたインタビューだった。インタビューをおこなったのはABCの司会者はチャーリー・ギブソン

 このインタビューでペイリンは「ブッシュ・ドクトリン(攻撃を受ける可能性があれば、国の自衛権として先制攻撃をおこなうことができるというブッシュの戦略的思想)」という言葉を知らなかったことを世間に知らしめてしまった。

 その後のCBSのケイティ・コーリックとのインタビューでもアラスカがロシアに近いことを外交の経験としてあげた。アラスカがロシアと近いことを外交の経験としてあげたことは、すぐにコメディ・バラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』で取り上げられ、全米の笑いの種となった。そのほか、同じくコーリックのインタビューのなかで、中絶を認めた判例以外は最高裁判例にどんなものがあるかを知らないことを認める失態を演じた。 

 その後もスキャンダルは続き、ペイリンとその家族の洋服やメーキャップ代として莫大なお金がつぎ込まれたと報道され、ミシガン州の選挙活動をマケイン陣営が中止したときには、ペイリンにそのメッセージが伝わっていなかったことが判明した。また、フランスのサルコジ大統領に扮したカナダのお笑いコンビからにせ電話を受け、サルコジ大統領からかかってきた電話と信じてまともに対応をした。

 ノース・カロライナの小さな町でおこなった演説では、そこに集まっている保守的な人が「本当のアメリカ人」で「ここはアメリカを肯定する地域」と発言し、違う考え方の人々は「本当のアメリカ人」ではないのか、そしてアメリカを否定する地域はどこなのかと批判を浴びた。

 ペイリンはだんだんとマケインの足を引っ張る存在となり、オバマ陣営が有利となるほど、彼女はもう次の大統領を見据えて自分の売り込みを始めているという憶測がマケイン陣営のなかでも生まれた。

 大統領選の終わり頃には、選挙の失敗は彼女にあり自分たちの失敗ではないといわんばかりに、マケイン陣営側から彼女の悪評がメディアにリークされていった。

 とまあ、この流れを受けて書かれたのが今回の自伝だ。

 本の内容は彼女の生い立ちから現在までだが、やはり一番の注目は、あれほど批判を浴び笑いの種となった大統領選での話だろう。

 結論から言うと彼女の意見は見事なほど簡単である。

 メディアは私に意地悪だった。ケイティ・コーリックは私に意地悪だった。マケイン陣営は私に意地悪だった。私は自分を出せなかった。マケイン陣営のマイクロ・マネージメントのせいで、私は誤解された。にせ電話はほかの人たちも騙されている。すべてにおいて私は悪くない。

 この自伝は読む人は、彼女の自己を正当化する姿以上のものを得ることはできない(アラスカの生活を知ることはできるが、アラスカの生活を知らせるのは彼女でなくともいいだろう)。

 彼女は「普通の母親」であることを自分の強みとしているが、彼女の姿勢はある種あまりに「普通」すぎる。彼女のものの見方は「白か黒」で、深い洞察や多角的な視点が感じられない。アメリカの味方でない者はアメリカの敵だという主旨の発言をした前ブッシュ大統領に通じるところがある。一般の人ならそれでも済まされるが、政治家としては資質が足りないだろう。

 また、彼女は自分を故ロナルド・レーガン元大統領に重ね合わせようとしているふしがあるがそれは無理がある。この本の副題『An American Life』はレーガンが著した自伝のタイトルでもある。

 彼女がこの自伝を、自分を知ってもらうつもりで書いたとしたら、読者は充分

に彼女のことがわかっただろう。もし彼女が、誤解をといて将来の政治活動につなげよとしてこの自伝を書いたとしたら、それは逆の効果を生み出している。どちらにしても、言えることは、この自伝を書いたことで彼女に円にして億単位の金が支払われたということだ。


→紀伊國屋書店で購入