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『I Was Told There’d Be Cake 』Sloane Crosley(Riverhead Books)

I Was Told There’d Be Cake

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「若い独身女性とニューヨークの街が引き起こす不協和音」


 ニューヨーク郊外のホワイトプレーンズで子供時代を過ごし、ニューヨークで働き出した20サムシングの女性スローン・クロスリー。この本は彼女のユーモラスなエッセイ集「I was told there’d be cake(私はそこにケーキがあると言われていたわ)」。ニューヨークで若い女性がどう暮らしていくかについてのユーモラスで風刺が利いた内容で気軽に読める。ニューヨークに暮す若い女性によるエッセイは、古くはドロシー・パーカーなども書き、伝統的なものと言える。

 スローンの職業はニューヨークに拠点がある大手出版社ヴィンテージ/アンカーのパブリシスト。彼女が編集者ではなく、パブリシストであることが僕の興味を惹いた。マンハッタンで活躍するパブリシストと言うと、本好きだが編集者とは別の人種という雰囲気がある。

 この「I was told there’d be cake」はケーブルTV局のHBOが放送権を取得した。HBOは、ご存知ニューヨークを舞台とした「セックス・アンド・ザ・シティ」シリーズを放送し始めたケーブルTV局だ。こんな話題からも、このエッセイ集の雰囲気が分かると思う。

 短いエッセイのいいところは、ちょっとした時間の合間にさっさと読めるところだろう。500ページを超える長編を読むときは、4、5日じっくり時間を取って読むことになるが、こちらの方は食事の後とか、子供との遊びの合間とかに1作の半分を読むといった読み方ができる。また、長編では時間が空くと登場人物たちの関係が分からなくなったり、名前を忘れたりするが、エッセイ集ではそんなこともない。

 スローンのエッセイは、いわゆるエスプリを利かせ高みから面白く事象を切ってみせるものではない。この本は手探りの状態でニューヨークでの生活を始めた著者の、自分がどのような状況に陥っているかの現状報告と言っていいだろう。子供時代の話も交え、自己や他者に対する皮肉な感情や、この街で暮すことについての難しさを語っている。

 彼女は、出版業界に仕事を見つけ、ボスとの折り合いの悪さにうんざりし、時には嘘をつき会社を休む。ボーイフレンドのアパートに泊まり込み、父親から突然の電話を受ける。

 また、違うエッセイでは、ハイスクール時代に親友だった女性から突然ブライズ・メイド(花嫁の付添人)になることを求められる。ボストンに住む彼女との関係はスローンのなかではすでに思い出に属するものとなっている。しかし、昔の友情を壊す勇気は彼女にはない。心のなかではいやいや、しかし表面は丁重に彼女と接する。この状況のなかで、彼女は自分の社会的責任、友情とは何か、相手の「押し」にどこまで応えるべきかなどの難問に答えを出そうとする。自己の精神衛生に関わる問題だ。ニューヨークの街が持つ価値観が、彼女の決定に影響を与えていることも間違いない。

 若い独身女性とニューヨークの街が引き起こす不協和音は、永遠の文学テーマといえるだろう。


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