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『昭和ちびっこ未来画報—ぼくらの21世紀』初見健一(青幻舎 )

昭和ちびっこ未来画報—ぼくらの21世紀

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「未来の子供たちはこんな道具で遊んでるんだ!」ドラえもんはよく言います。ものすごい技術を集結してつくられたはずの「タケコプター」も「どこでもドア」も22世紀では子供の遊び道具。未来ってすごいなあ! 1980年代に子供時代を過ごした私は、ドラえもんが「未来の子供たちは…」と言うたびにドキドキしたものです。

 あれから長い年月が過ぎました。1999年アンゴルモアの大王は降ってきませんでした。2001年宇宙の旅は実現しませんでした。2003年アトムは生まれませんでした。私はいつの間にか大人になっていました。テレビを点けるとそこではまだドラえもんが「未来の子供たちは…」と頑張っています。ドラえもんは22世紀ですからね。まだ生き残っていられるわけです。でも、他の未来世界の主人公たちはどこにいるのでしょう。いつの間にか静かに立ち去ってしまったようです。

 これからご覧いただくのは、主に1950〜70年代の間に、さまざまな子ども向けメディアに掲載された『未来予想図』の数々です。この時代、「21世紀はこうなるっ!」を図解した記事は、子どもたち、特に男の子たちに大人気の定番コンテンツでした。その大半は空想、夢想、妄想に基づいた文字通り荒唐無稽なもので、まさに「トンデモ未来観」のオンパレード、言うまでもなく、現実の21世紀は「こう」なっていません。

 こんな序文でこの本は始まります。ページをめくった私はあっという間にこの昭和の、古びた『未来予想図』に夢中になってしまいました。車が飛び回る空中都市。誰でも行ける宇宙旅行や海底旅行。気象や自然災害をもコントロールできるようになった人類。ロボットたちが笑顔で歩き回り、すべてがコンピュータ化されて便利になった夢の世界が、細やかなディティールで描かれています。それがほんの数十年後に実現すると聞かされた、当時の子供たちはどんなにか心踊ったことでしょう。現実を知っている21世紀住人の私ですらドキドキしてしまいます。

 実現した「未来」もあります。「すごいぞ ゆうびんロケット」(1951年)で描かれている「3時間でアメリカまで届く郵便」は、電子メールという新技術によって可能になりました。3時間どころか1秒で届きます。巨大なハイウェー監視ロボットが管理する「事故ゼロのハイウェー」(1969年)は、車自体にロボット機能を持たせる方向で実用化が目指されています。「楽しいな 円ばんがたせんすいていで海底のドライブ」(1959年)や「どんな海でもへっちゃらさ!」(1974年)に登場する有人潜水船無人海底探査機はすでに世界中の海で活躍しています。

 もしかしたら、これらの技術を開発したエンジニアたちは、子供時代にこの『未来予想図』を見ていたのかもしれません。当時の大人たちが語った未来は、奇想天外ながらも、多くの子どもたちに21世紀をめざすパワーを与えていたに違いありません。そう思うと私は当時の子供たちがちょっぴり羨ましくなります。私が子供だった1980年代に、明るい「未来」を語ってくれる存在は、もうドラえもんしか残っていませんでしたから。では、現在の21世紀の子供たちはどうでしょう? 彼らに「未来」を語る人はいるのでしょうか。そもそも現在の日本に「未来」なんかあるのでしょうか?

 本書は消えてしまった「ぼくらの21世紀」をめぐる本として企画されましたが、本当に消えてしまったのは、僕ら世代が子ども時代に確かに持っていた「未来」への好奇心であり、「未来」というオモチャを子どもたちに提供してくれる大人たちの存在なのかもしれません。少なくとも僕は、当時の大人たちが心血を注いで創造した「未来」というオモチャでさんざん遊びまくっておきながら、大人になったとたんに「未来なんてたかが知れてるよナ」なんてつぶやいたりして、あの楽しさを次の世代に伝えることをまるっきりサボっていた……ような気もします。

 著者の言う通り、消えてしまったのは「未来」ではなく「未来」を語る大人たちなのかもしれません。現在、テレビやラジオでは、年老いたかつての昭和の子供たちが、入れ替わり立ち替わり「老後の不安」を訴えています。ニュースは莫大な国の借金額を伝え続けています。21世紀の子供たちは「しっかり就職して国の借金を返し、ものすごい額の年金を払ってお年寄りたちを養っていかなければ」と思うしかありません。宇宙旅行や海底旅行どころではありません。結婚や子供を持つことでさえ夢に終わるかもしれないのですから。

 追い打ちをかけるように、過去の栄光を美化して作られたテレビドラマや映画が続々つくられ「昭和は良かった」という大合唱が、やはりかつての昭和の子供たちから巻き起こっています。その合唱は「今は駄目だ」「これからも駄目に違いない」という強いメッセージとなり、21世紀の子供たちの上に降り注いでいます。私の覚えている限り10年以上こんな状態が続いています。その結果「未来」を語るどころか「現在」を肯定することすらできない人間が増えてしまったような気がします。

 しかし昨年の震災以後、少しずつ風向きが変わってきました。書店の店頭でも「過去の栄光」を語る本は隅の方へ追いやられつつあります。代わりに「はやぶさ」関連の書籍が平台を埋めるようになりました。去年は2025年の未来が舞台の漫画「宇宙兄弟」も大ヒットしました。アニメ映画「宇宙戦艦ヤマト2199」も今年公開されます。どれも未来へ突き進む強いパワーを感じさせる作品ばかりです。

 なぜふたたび未来志向がはじまったのでしょう。それにはあの原発事故が影響しているように思います。汚染された水道水を飲ませまいと、幼い子を持つ母親たちがかけずり回るのを見たあの日から、日本人は真剣に未来について考えるようになったのではないでしょうか。「よかった」はずの昭和の延長にあるこの社会が、いとも簡単に崩れさるのを見た時、人々の心の中に新しい「未来」を求める強い衝動が突如として湧いてきたのではないでしょうか。

 ドラえもんはよくやってきたと思います。大人たちが未来への興味を失い、明日への希望を次世代に伝えるという役割を放棄している間もずっと、子供たちに「未来の子供たちは…」と語り、夢を与え続けてきました。しかしそろそろ肩の荷をおろしてあげたい気もします。だからこそ、私たちも自分自身の口から未来を語らなければなりません。この本はそのきっかけをつくる起爆力になるはずです。それぐらいすごいのです。この本に掲載されている『未来予想図』は。


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