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『チョコレートTV』水野宗徳(徳間書店 )

チョコレートTV

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 大学時代の先輩がひとり、テレビ局に就職しています。夕方のニュース番組に配属された彼は「何がつらいって、被害者の家のチャイムを押すのがつらい」と言っていました。それはそうでしょう。被害者にとっては迷惑以外の何ものでもありません。それでもコメントを取ってくるのがテレビマン。しかしそんなことが人間の心を持ったままできるのでしょうか。テレビという世界で働く人々は、やっぱり普通の人とは違うのでしょうか?

 そんな私の長年の疑問に応えるように現れたのが、今日ご紹介する小説『チョコレートTV』です。著者は、初の著作『おっぱいバレー』がベストセラーになったことで有名な水野宗徳さん。放送作家、脚本家としても活躍しておられます。芸人としての経歴もお持ちのようで、まさに「テレビの裏側」を知る人の小説、といえるでしょう。

 登場人物は「映像制作会社・チョコレートTV」で働く社員たち。ドキュメンタリー、ドラマ、バラエティー、心霊番組から、息子の運動会でのビデオ撮影まで、様々な現場で葛藤する社員たちの「テレビの裏側」の物語が、一話完結形式で進んで行きます。「テレビの裏側」といっても、衝撃的な何かが明かされるわけではありません。一般人が「こんな風だろうな」と想像する範疇のエピソードばかりです。しかし登場人物たちの何気ない言葉や行動になんとも言えないリアリティがあって、気づけば、一話、二話、とページをめくる手が早くなってしまうのです。

 なぜリアリティを感じるのでしょう。それは登場人物たちがみな、普通の人だからではないでしょうか。孤独死間近の老人にマイクを向けるディレクターも、熱湯風呂を用意する新人ADも、心霊番組でヤラセを強制されるチーフADも、心の中ではみんな「これ違うんじゃない?」という違和感を持っています。次第にふくらんでいくストレス。テレビの中で繰り広げられるのは虚構かもしれないけれど、それを見る人と、それを作る人とは、やっぱり同じ側にいるのだと感じさせられます。では作る側の人は、その違和感をどうやって乗り越えているのか。それがこの物語の面白いところだと思います。

 しかし! そんなハートウォーミングな物語を貫く、まったく異質な登場人物がひとりいます。「映像制作会社・チョコレートTV」の社長、荒巻源次郎。社員たちがつむぐ物語に毎回少しだけ顔を出し、強烈で理不尽な命令だけを残して去っていくこの人物。視聴者からの質問に答えるQ&Aコーナー(各話の間に箸休め的なコーナーとして挿入されている)にも登場しているのですが、ここでの回答がこれまた適当なのか真剣なのかわからない。とにかく熱いエネルギーだけがほとばしるキャラクター、といえるでしょう。私には彼が何を考えているのか、最後までわかりませんでした。

 しかし……物語を振り返ってみると、登場人物たちが問題を乗り越えていく、そのきっかけはいつもこの人の強烈な命令だったような……。そう思うと、もう一度最初からこの小説を読み返して、この社長の言動の意図をはかりたくなります。口当たりがふわりと甘くて、ついつい読み飛ばしてしまいそうな軽やかな舌触り。それでいて最後に残るのは荒巻源次郎が放つ強烈な苦み。まさにチョコレートのような小説だと、私は思いました。


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