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『海月姫外伝BARAKURA ― 薔薇のある暮らし』東村アキコ(講談社)

海月姫外伝BARAKURA ― 薔薇のある暮らし

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 久しぶりに近所の書店をうろついていたらピカリと光る漫画が。それが『海月姫外伝BARAKURA ― 薔薇のある暮らし』でした。言わずと知れた人気漫画家・東村アキコさんの最新刊です。私はデビュー作の表紙を東村アキコさんに描いていただいたことがあり、それ以来足を向けて眠れないという事情がありますので、ここからずっと「さん」付けで書かせていただきます。

 見た瞬間、震えました。私に黙って東村アキコさんの最新刊を出すなんて。講談社め。こんな面白い本が半月も前に出てたなんて。全然知りませんでした。勿論私に断る必要などあるわけないのですが、ファンなら誰しもそういう気持ちになるものではないでしょうか。そしてファンたるもの著者名を見ただけで即買いしなければなりません。

海月姫外伝』とあるように、この漫画は、アニメにもなった大ヒット漫画『海月姫』のスピンオフ漫画です。主役は『海月姫』尼~ずのひとり、千恵子の母・千世子とその友人ふたり。「尼~ずって何?」と思った『海月姫』未読の皆さん、詳しくは『海月姫』を読んでください。簡単に言うと、筋金入りのオタクで男性とは無縁の生活を送っている無職の女子のことです。あなたの近くにもいるでしょ…?

 さて、本編の『海月姫』で、名前だけ頻繁に登場していた千世子。「韓流スターにはまって韓国にばかり行っている」ということは知っていましたが、果たしてどんな人物なのか。本編ではほとんど明かされませんでした。その千世子の韓流ライフがついにベールを脱ぐ時が来た。それがこの『海月姫外伝BARAKURA ― 薔薇のある暮らし』です。

「著者によるスピンオフって、ディープなファンしか喜ばないような気の抜けたエピソード漫画が多いよね?」とか「『海月姫』を読んだ人にしかわからないんじゃない?」と思ったら大間違い。この漫画は、とにかくパワフルな中高年の奥様をひとりでも知っていれば十分楽しめる作品です。

この物語は齢五十にして韓流スターにハマッてしまった主婦達が、日本のお隣、韓国で、韓ドラロケスポットを巡りながら、更年期障害をものともせずアクティブに、ソウル旅行を楽しんでいる姿を余すところなく描いた愛と感動の記録である。

海月姫外伝BARAKURA ― 薔薇のある暮らし』はこんなモノローグで始まります。「俺、韓流に興味ないから…」というあなた。安心してください。韓流はあまり出てきません。描かれるのはあくまで「主婦達が」「更年期障害をものともせずアクティブに」「楽しんでいる姿」です。

 例えば「其の壱」はこんな台詞で幕を開けます。

「今日は明洞でお土産用のBBクリームとシートパック買いまくるわよ――ッ」
「そして自分用にかたつむりクリームも買っちゃうわよォォォォ」

 そうなのです。「其の壱」には、千世子たちがBBクリームとかたつむりクリームを買うために奮戦する姿しか出てきません。見るもの全てに興奮し、思ったことをすべて口に出し、絶叫に近い音量で喋りまくる千世子たち。情報はネットではなく雑誌から。お得な買い物が大好きなわりに数字にめっぽう弱い。普段は人目を気にしない癖に自分が年老いたことに気づくとちょっと落ち込む…。そんな恐ろしくも愛らしい中高年主婦の怒涛の青春旅行。読者も彼女たちのジェットコースターのように上がり下がりするテンションについついひきずられていきます。

 あとがきで語られている通り、韓流、そして韓国旅行にはまっているのは他でもない著者本人なのですが、旅先で見かけた中高年主婦たちのエネルギーを鋭いアンテナでキャッチし、それをリアルにコミカルにハイパワーで描きまくるところはまさに東村アキコさんの真骨頂。元気がない時に読めばたちまち、覚醒剤を打ったかのようにハイテンションになれることでしょう。私も韓国行きたくなってしまいました。焼肉食べてエステして朝4時とか5時まで営業しているソウル版109で、朝日が昇るまで買い物したいです。そういう漫画です!


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