『テラフォ-マ-ズ』貴家悠 橘賢一(集英社)
「テラフォーミング」という言葉をご存知でしょうか。惑星地球化計画、つまり他の惑星を人類の住みやすいように改造する計画のことです。最有力候補地は地球と環境が似ている火星。人類が火星に住むなんて、今は想像すらできませんが、オバマ大統領は「2030年代に有人火星探査を実現させる」と言ってました。もしかしたらあながち遠い未来ではないのかもしれません。
方法も色々考えられているようです。黒い藻類を生やし太陽の熱を集めて火星の気温を上昇させ永久凍土を溶かして水を生成させる…。うーん、本当にうまくいくのでしょうか。何より私は思ってしまいます。火星の環境を地球人が勝手に作り変えてしまっていいのだろうか。そんなことして何か悪いことが起きないだろうか、と。
そんな潜在的恐怖をこれでもかというほど引き出してくれるのが『テラフォーマーズ』です。「このマンガがすごい!2013」で第1位を獲得してしまったので、私がお勧めするまでもなく、むしろ私がこの波に便乗している感の方が強いのですが、それでも、物凄く面白かった作品として素直に紹介させていただきます。
※ここから先は多少のネタバレを含みますので注意してお読み下さい。
物語の舞台は西暦2599年。500年かけてテラフォーミング化した火星に、若者たちを乗せた宇宙船が飛び立ちます。着陸を控えた船内で乗組員の秋田奈々緒は、火星が緑と黒になっているはずだ、と発言します。緑と黒? どういう意味でしょう。人類はどのようにしてテラフォーミングを行なったのでしょうか。
元来 火星は平均気温がマイナス58度しかなかったんですね。というのも火星の大気が0.006気圧しか無いために全く太陽光を吸収できていなかったんです。(中略)……ではどうやって最初に火星を暖めるか…20世紀の科学者たちは考えました。ある「苔」と「黒い生物」を火星に大量に放ち、地表を黒く染め上げることで太陽光を吸収し火星を暖めようと。
さあどういうことでしょうね。黒い生物って何でしょう。勘のいい方はもう気づかれたかもしれません。昆虫、とだけ言っておきましょう。とにかく火星を暖めてくれるはずだったこの黒い昆虫たちによって火星はえらいことになってしまったのです。というより彼ら自身がとんでもない姿になっちゃったのです。これ以上書くとネタバレになってしまうので、彼らの鳴き声だけ下に引用しておきますね。
じょう じじょう じょうじ じょうじょう
彼らはもはやまったく別の生き物に変異してしまっています。なので、彼らが苦手で写真を見るのもいや、という方でもこの漫画を楽しむことができます。大丈夫です。しかし、私たちが畏怖してやまない彼らの能力……強靭な肉体、驚異的スピード、高い飛翔力……はそっくりそのまま残っています。これがこの漫画のすごいところです。
はっきり言って火星に住むのはもう無理です。あきらめましょう。普通ならそうなるところですが、人類はあきらめません。こういうこともあろうかと、火星に送りこんだ若者たちをフォーミング(改造)していたのです。彼らの体内に組み込まれた様々な昆虫のDNA配列。それらが発動した時、昆虫対昆虫の凄まじい戦いが幕を開けるのです。
これこそ究極のムシキング、世界最強虫王決定戦といえるでしょう。前々回に紹介したバッタ博士の愛してやまないサバクトビバッタも「最古の害虫」として出てきますのでお楽しみに。あ、虫嫌いの人、逃げないでください。リアルな虫はそんなに出てこないので大丈夫ですよ!
さて、大丈夫、大丈夫、と言ってきた私ですが、ストーリーは全然大丈夫じゃありません。黒い昆虫の強いことといったら。主要人物だと思っていたキャラクターが文字通り虫けらのように殺されていくのを見るのも怖いのですが、彼らに対し有効だと思われていた攻撃方法があっさりクリアされてしまうシーンには涙目になりました。
一般に火や熱湯などの高温に弱いとされる××××だが如何なる環境にも容易く適応してこその××××である。現に2009年の韓国ではオーブンで焼かれても死なない××××が発見されている。
そうです。虐げられれば虐げられるほど進化してしまう黒い昆虫××××(※ネタバレを防ぐため伏字とさせていただきました)。無敵です。もう無理です。地球に帰りましょう。しかしそうこうしている間に若者たちの故郷・地球にも恐ろしい魔の手が……。
息をつく暇もないスピーディーな展開。度肝を抜くバトル描写。練られたプロット。「このマンガがすごい!2013」第1位も納得の面白さです。将来、NASAがテラフォーミング計画を正式に発表したとしても、この漫画を読んだ人は全員反対するでしょう。「やめろ、このU-NASAめ!」と叫んで。U-NASAってなに? それも読んでのお楽しみです。今後の展開が楽しみです!