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『ホロコースト後のユダヤ人-約束の土地は何処か』野村真理(世界思想社)

ホロコースト後のユダヤ人-約束の土地は何処か

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 「ホロコーストの嵐が吹き荒れるなか、ユダヤ人に逃走する理由がありすぎるほどあったとすれば、戦後、彼らはなぜ、もとの居住地に帰還して生活を再建せず、ヨーロッパを去ったのか。彼らは、どこに行きたかったのか」と、著者野村真理は「帯」で問うている。「序」で、1946-51年にパレスティナイスラエルに渡ったヨーロッパ・ユダヤ人は38万人以上、アメリカはじめパレスティナイスラエル以外に移住した者は約16万5000人と記されている。この数字から、当時現場にいた連合国軍最高司令部元高官は、つぎのように「特記に値する」と述べている。「イスラエルは、シオニズムと主権をもつユダヤ国家設立願望との賜物とみなされるより、ユダヤ人の移住に対して世界が設けた理不尽な障壁のために、必要に迫られた選択の結果と見ることができるだろう」。


 本書は、「ホロコースト後、イスラエル建国にいたる事情は、正確に知られているとは言いがたい」ドイツ史研究者を中心とする研究と、戦後ポーランドの歴史的状況にいたるまで視野におさめることが容易ではないパレスティナ近現代史研究との隙間を埋めようとする試みである。


 本書は2部からなり、それぞれの部は3章からなる。著者は、「第一部と第二部の各章を通し番号とすることによって、それらが時系列的に発生したかのような印象を与えることを避け」ている。「第一部と第二部で述べることは、ほとんど同時並行的に、互いにほかの出来事の引き金となり、また結果となりつつ進行し」、「第一部では、ユダヤ人DP[Displaced Persons]問題発生の経緯と、この問題に対するアメリカ、イギリスの対応について詳述」している。「第二次世界大戦後のDPとは、第一義的には、戦争に起因する事情によって本来いるべきところから移動させられた(desplaced)人々をさす。それゆえ戦争という原因が消滅すれば、帰還によってその人数は減少するはずである。ところが、ユダヤ人の場合、戦後になってポーランド等を脱出したユダヤ人が、上述のDPの定義を混乱させつつDPと認定され、その数が一九四七年にいたるまで増加し続けるという、特異な経過をたどった」。


 「これに対して第二部は、視点をユダヤ人DPとシオニストの関係に移し、イスラエル建国にいたるまで、シオニストユダヤ人DP問題に対し、必要に迫られ、あるいは戦略的に、いかにかかわったかを明らかに」している。「以上の第一部、第二部を通じて明らかにされるユダヤ人DP問題は、第二次世界大戦後のヨーロッパで発生した膨大な数のDPおよび難民問題の一部であった」。


 本書のキーワードである「DP」「ユダヤ人」など、だれのことをさしているのか、はっきりしないという厄介な問題がある。そこで著者は本論の流れを中断することを避けるために3つのコラムを設けて説明したり、「序」で説明するなどの工夫をしている。それでも本書で取り上げられている人口は目安にしかならない。ことばも、決まり切っているわけではない。たとえば、「ホロコースト」という「古代ユダヤ教で犠牲の動物を祭壇で焼き、神に捧げる燔祭(はんさい)を意味するギリシア語に由来する」語が意識的に避けられることもあり、フィルムでは「ショアー」という「ヘブライ語で大惨事を意味する」語が使われた。


 本書から、ヨーロッパ世界の基層が見え隠れし、より深層にいたる道筋の一端が示されたように思えた。進んでいるようにみえるホロコースト研究にも偏りがあり、より広い視野のなかでの考察が必要なことがわかった。いまだ問題の解決の糸口さえ見出せない中東問題を考えるには、本書のように基本から掘り起こしていくしかないだろう。その意味で、「序説」からの進展を期待したい。

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