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『植民地近代性の国際比較-アジア・アフリカ・ラテンアメリカの歴史経験』永野善子編著(御茶の水書房)

植民地近代性の国際比較-アジア・アフリカ・ラテンアメリカの歴史経験

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 朝日新聞DEGITALは、10月23日につぎのように報じた。「韓国教育省は21日、いったん検定に合格した8社の高校用歴史教科書について、日本の植民地支配や北朝鮮などに関する記述を変更するよう求めた。合格後、一部の教科書について「親日的だ」「北朝鮮に甘い」などの批判が上がり、全体を見直さざるを得なくなったとみられる」。「最も多く修正・補完を求められたのは教学社の「韓国史」。事実関係の間違いもあるが、注目を浴びたのは日本の植民地支配などに関する記述だ」。「「日帝の植民地支配が続くほど、近代的な時間観念は韓国人にしだいに受け入れられていった」との記述は今回、「『植民地近代化論』を擁護する記述と誤解される素地がある」と指摘され、植民地支配による収奪という背景を書くよう求められた」。


 その「植民地近代性」を国際比較を通じて論じたのが本書で、「序にかえて」はつぎの文章で始まる。「日本ではこの一〇年間、朝鮮史研究を軸として、「植民地近代性」について多くの議論が展開されてきた。さまざまな解釈が可能であるものの、一般論として、「植民地近代性」の概念は、植民地的要因が植民地時代に限定されて存在するのではなく、植民地以後にも残滓として各社会の底辺を形づくっている点に着目している。「ポストコロニアル」という概念が、こうした植民地遺制の否定的側面を強調し、それからの脱却の道を模索する思考様式をもつのに対して、「植民地近代性」の概念は、植民地時代に外部から導入され、あるいは新たに創造された諸要因が、独立後に各社会における自律的要素として自己展開し、その社会の中枢的構造をかたちづくっているという現実を直視する」。


 「本書は、近年におけるこうした研究の新潮流を踏まえて、「帝国」、「植民地主義」、「ナショナリズム」、「国民国家」、「脱植民地化」、「エスニシティ」などの議論と接点をもちながら、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの諸地域における植民地近代性のありようについて実証的考察をおこなうことをめざした共同研究の成果である」。


 本書は、10章からなる。第1章、第2章は、「植民地統治下台湾で育った沖縄人知識人と日本の朝鮮支配のもとで生まれ日本で教育を受けた在日朝鮮人の思想的軌跡をたどった労作である」。第3章、第4章は「フィリピンにおける歴史研究の脱植民地化の歩みと植民地文化史上における短編小説の意味について考察した論考である」。「第5~7章の三篇の論文は、マラヤとタイの農村を舞台として植民地近代性への接近を試みたものである」。第8章、第9章は「アフリカを対象とした人類学研究から植民地近代性論の是非を説いている」。そして、第10章は、「ラテンアメリカにおける脱植民地化への軌跡を歴史的に跡づけた論考である」。


 こうしてみると、植民地経験もさまざまで、その語られ方もさまざまであったことがわかる。朝鮮や沖縄のように王国が植民地にされたもの、フィリピンや台湾のように植民地化を経て国家としてのまとまりが形成されたもの、「植民地化」とともに「村の中の国家」と表現されるようにコミュニティーが国家的な制度に包含されていったもの、「国民」不在のなかで国民国家が形成されたもの、独立後に脱植民地化を模索したもの、などである。


 植民地が独立して数十年が経ち、独立に至る過程を重視した歴史から、それぞれの国の独自の歴史的発展を語る歴史へと変化してきている。韓国では、保守派と左派の対立が激化し、日本の植民地支配を否定的に語るだけでなく、中国の属国であったことも重視しなくなってきている。いっぽうで、ナショナルヒストリーの語られ方から離れて、アセアン各国のように統合を念頭においた近隣諸国との関係を重視した地域史が重要になってきているところもある。また、グローバル化のなかで国家の役割が相対的に小さくなり、日常生活でも国家を意識しなくなるようになると、国家が語る歴史の偏りに嫌気がさして歴史離れが起こっているところもある。


 このような状況のなかで、「植民地近代性」という共通課題のもとで議論をおこなうには、まず「植民地経験の複雑な諸相」を実証的に明らかにする必要があり、本書はその意味で重要な貢献をしたことになる。朝鮮だけを念頭においた「植民地近代性」論は、普遍的な議論に結びつかない。植民地支配をした側の帝国中心史観から脱するためにも、広範な議論を経て、それぞれの植民地史の特色を明らかにしたうえで、自国以外の読者にも通用する書き換えが可能になることだろう。

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