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『「悪なき大地」への途上にて』ベアトリス・パラシオス(現代企画室〔発売〕)

「悪なき大地」への途上にて

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ボリビア・ウカマウ集団の映画プロデューサー、ベアトリス・パラシオスが、1979年から2003年までに書き綴った18の文章をまとめた遺稿集である。ベアトリスは、2003年7月、病気治療でキューバに向かう飛行機で亡くなった。自身初の監督作であった『悪なき大地』を準備している最中であり、ウマカウ集団としても、常に演出を担当してきたホルヘ・サンヒネス以外が初めてメガホンを取る試みとなるはずでもあった。すべてに絶望したストリート・チルドレンたちが、「悪」の存在しない土地を目指して旅に出るさまを描くもので、その物語は巻末に収録されているが、完成した作品として届けられなかったのが何より悔やまれる。


 ウカマウ集団とは、『ウカマウ』(66)、『コンドルの血』(68)、『第一の敵』(74)、『地下の民』(89)などで、様々な圧政や搾取と闘う先住民を主人公に、先住民のための物語を撮り続けきたボリビアの映画制作グループである。白人支配が続くボリビア、ひいてはラテンアメリカにおいて、主人公となることはおろか、先住民がスクリーンに登場すること自体、大きな事件であったのだ。1960年代以降、キューバ革命の大きな影響のもとで、ラテンアメリカで新しい映画作りが開始される。ヌエヴォ・シネ・ラテンアメリカーナと呼称されたこの運動は、これまでのハリウッド的商業映画とは一線を隠し、第三世界である自らの地の低開発、貧困といった問題を直視し、独自のスタイルを築きあげていった。ウマカウもこの潮流に属していると言えよう。日本では、1980年に『第一の敵』が紹介されて以来、新しい作品が作られるごとに上映運動が行われている。

 ベアトリスの文章は、そうしたウマカウ集団の諸作品とは異なった位相で、彼らの理論、思想や実践を知らせてくれる内容となっている。当局の「介入」によって、完成されなかったドキュメンタリー作品『生きるための行進』の断片を伺い知ることができるのも極めて貴重だ。だが、しかし何よりも指摘されなければならないのは、ベアトリスが徹底して弱者ー特に女性労働者や子供たちーに向けていたまなざしの強度であろう。危険を顧みることなく、収集されたそれらの証言、時事記録は、ボリビアにおける、ラテンアメリカにおける闘争の歴史を、民衆の側から浮き彫りにしていくのだ。

 新自由主義が跋扈し、資本主義が唯一絶対のシステムとして疑われることのない日本の現在において、ベアトリスの発言に、ウカマウ集団の諸作品に触れることは、そこから逃れるための一つの契機となるに違いない。

 関連書籍として、太田昌国編『アンデスで先住民の映画を撮る ウカマウの実践40年と日本からの恊働20年』(現代企画室)も合わせて参照して欲しい。


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