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『キャリアの社会学』辻勝次編著(ミネルヴァ書房)

キャリアの社会学

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主に聞き取り調査に基づく、4社の大企業で働く人々の職業経歴と職業能力についての重厚な報告である。

 第1章と第2章は、それぞれコマツ島津製作所において「一品生産」に従事する、職人的性格の強い労働者を取り上げている。個々の労働者は「核となる職務」をもち、自らの仕事の進め方やスキル形成に関してかなりの裁量性・自律性・主体性が与えられている。しかし、彼らは頑なに領分を守り続ける旧来の「職人」ではなく、不断にスキルの拡張や伸展を求められている。職場には各労働者の「技能マップ」が張り出され、これまでに獲得したスキル、今後伸ばしてゆくべきスキルが明確に把握できるようになっている。多様な手動の汎用機械を操作するスキルをベースとして、メカトロ機械のプログラミングにまで及ぶスキル形成要請の背後にあるのは、労働者の「マルチ化」を進めようとする企業の方針(「組織の論理」)である。そうしたマルチなスキルをもつ労働者間の協業により、職場においては「蜘蛛の巣状のネットワーク」、ないし個々の班や労働者の間に「波紋が干渉しあうモデル」と表現される、高度に柔軟な複雑性と効率性が成立している。

 第3章と第4章は、いずれもトヨタ自動車の量産職場を舞台とし、前者は90年代の人事制度改革の帰結を、後者はやはり90年代に最活発化した非典型雇用の活用を取り上げている。まず第3章についてみると、トヨタでは従来、「組」の下に「班」があり個々の班は班長が統括していたが、一連の人事制度改革の過程で班は廃止され、「組」にあたる「グループ」が最末端組織となった。従来の班長はEX(エキスパート)と呼ばれるようになり、管理・監督職というよりも専門技能職としての職務を求められるようになる。班の廃止によりGL(グループリーダー)が統括する労働者数は増大し、業務負担は重くなった。それとともに上級の専門技能職としてのSX(シニア・エキスパート)が「職場体質の強化につながる改善」を担うことによりGLを補佐するようになる。さてここで、長くなるが2007年12月1日付東京新聞朝刊の記事を以下に引用しておこう。

トヨタ自動車の堤工場(愛知県豊田市)に勤務していた内野健一さん=当時(30)=が二〇〇二年に急死したのは、過酷な勤務が原因として、妻博子さん(37)が国に遺族年金の支給など労災の適用を求めた訴訟の判決が三十日、名古屋地裁であった。多見谷寿郎裁判長は『死亡直前の一カ月間の時間外労働は百時間を超えた。職務上の精神的なストレスも大きく、業務と死亡との関連性は強い』として、労災適用を認めた。

 訴訟では、品質管理について話し合う『QCサークル活動』や、業務上の改善点などを書面にまとめる『創意くふう提案』などの自主的な活動を時間外労働と認めるかどうかが争点となった。

 多見谷裁判長は『これらの活動は事業活動に直接役立つ性質のもので、業務と判断するのが相当。健一さんは会社にいる間、上司の指揮命令下で労務に従事していた』と判断。死亡前一カ月の時間外労働を約百六時間と認定し、『サークル活動は業務ではない。会社にいたのは雑談のためで、実際の残業時間は四十五時間程度』とした国側の主張を退けた。

 博子さん側が『社員を徹底管理して無駄を排除するトヨタ特有のシステムで極度の緊張を強いられた』と訴えた点については、『トヨタ方式について判断するまでもなく、健一さんが従事した業務は過重だった』と述べた。

 健一さんは一九八九年に入社。堤工場車体部に配属され、二〇〇一年からEXと呼ばれる中間管理職として品質管理を担当した。〇二年二月九日早朝、残業中に致死性不整脈を発症して倒れ、搬送先の病院で死亡した。」

 亡くなった内野健一さんはEXであった。「社員を徹底管理して無駄を排除するトヨタ特有のシステム」が90年代の改革以前から存在するものか、改革によっていっそう強化されたのかについて、正確に判断するためのデータは手許にないが、後者である蓋然性は高い。

 また第4章では、90年代に入ってトヨタが社外労働力としての期間工の活用をきわめて精力的に推進し、2004年時点では技術部門の労働力の43.9%にあたる1万1千人以上にまで拡大していることが述べられる。その背後にある要因のひとつは、海外工場への国内からの出向者数の著しい増大による人員の不足である。期間工の活用の一環として、2年以上続けて勤務する期間工は「シニア期間工」として正社員への登用の道を開く制度が導入された。しかし、シニア期間工は正社員と同様の能力を求めれらながらも賃金水準は正社員の半額以下であり、しかも不定期に実施される登用試験での合格者比率は1~2割にすぎない。

 続く第5章では、ワコールとトヨタを対象として、事務系・技術系ホワイトカラーのキャリアと職業能力形成が論じられる。従来からあるジェネラリスト/スペシャリストという概念を用いつつ、それぞれの内部における下位類型が個別事例に即してさらに細かく分類される。結論として述べられるのは、「流転型ジェネラリスト」や「担当者型スペシャリスト」は将来的に社外人材化されてゆくと推測されるため、「軸足型ジェネラリスト」として専門的職務能力を形成することが重要であるということである。

 これら各章の知見を集約し、さらに補足的な議論をも付け加えた終章には、重い指摘がいくつも見いだされる。そのすべてを引用することはもちろんできないが、一部をあげておこう。

「…トヨタの高収益の一因は非正規労働力の大量利用であり、そこから引き出された人件費の圧縮にある。これは内部化すべき費用の外部社会への転嫁であり、企業の社会的責任の放棄である。…」(243頁)

「…新入社員の最初の配属先では本人の希望はほとんど無視され、会社都合によって決定されていた。また新入社員が『最初に配属された部署』はその後のキャリア展開に重要であることも確認できた。(中略)採用時における職種区分とその提示方法に工夫が望まれる。当面は本人としては最初の配属で自分の希望を強く主張し、会社としてもそれを尊重するという対応が実効性もあるであろう。…」(247頁)

「…技能の高度化は『他社でも通用する能力』という普遍的、企業横断的な形でなされるのではなく、社内の特殊化された部門、部署の目前の仕事をより高度に処理する能力という形で発展している。(中略)労働者は能力をより高度化すればするほど個別企業への依存を高めることになり、正社員と正規雇用者に関する限り企業社会体制はなお一層強化されているといえる。…」(249-251頁)

 企業による労働者の最大限の「活用」は熾烈化している。その中で個々の労働者は翻弄されたり、自らを守って強かに生きようとすればするほどいつの間にかうまくエネルギーを吸い取られていたりする。仕事の世界で、企業という砦の中で、何が起こっているのか。それを明らかにする作業はまだ途方もなく膨大に残されている。

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