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『日本料理の歴史』熊倉功夫(吉川弘文館)

日本料理の歴史

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「食欲の秋に!」

今パリには500軒を越える日本食レストランがあるらしい。用事があり久し振りにオペラ界隈に行ってみたら、見たことも聞いたこともない日本料理店が、まさに雨後の筍のようにできていた。しかも皆結構人が入っているのである。満席で人が並んでいる店も何軒かある。少し前まではこのような風景は想像もできなかった。

共通しているのは殆どの店で「Sushi・Yakitori」という看板を出していることだ。だから日本料理というと鮨と焼き鳥と言うイメージを持っているフランス人が多い。ただし、多くの店では日本人が作っているわけではない。一人くらい日本人がいても、経営は中国系の人だったりする。それ自体は悪いこととは言えないが、日本料理をきちんと学ばずに生ものを扱うのは、恐ろしい気がする。また、日本料理の概念自体も曖昧になっていく恐れがある。

 外国暮らしが長くなると、日本に一時帰国した時に、伝統的な日本料理が食べたくなる。一介のサラリーマン教師には料亭は高嶺の花だが、時々奮発して質の良い割烹へ行く。特に京都を訪れる時の大いなる楽しみとなっている。そんな時、日本料理とは元々どんな物なのか、京料理とは何を指すのか等、色々と疑問が湧いてくる。熊倉功夫の『日本料理の歴史』は、そんな素朴な疑問に丁寧に答えてくれる。著者も食のグローバリゼーションに対する疑問が、執筆の動機になっていると言っているのも面白い。

 かつて日本は朝夕の2食制であったが、それにしても平安時代の「大饗」と呼ばれる宴会の食べ物の量はすごい。これが中世の本膳料理へと繋がっていく。式三献と呼ばれる(今の「駆けつけ三杯」の元)酒とおつまみから始まって、その後、本膳・二の膳・三の膳となるが(七の膳まで付くこともあった)、何と5汁18菜にもなる。その後に酒宴が始まるというのだから、昔の人は健啖家だと思いきや、食べることよりも饗応の華美が目的となっていたと言う。

 さすがに江戸時代になると、二の膳つきで2汁5菜が標準となったらしいが……幼い頃父親が何かの祝宴に呼ばれた時に持ってくる折り詰めが、私は楽しみだった。同様の記憶をお持ちの方も多いだろう。本膳料理の名残は、こういった食べきれないほどの宴会料理に残っているのかもしれない。

 当然精進料理の歴史や懐石の歴史も詳述されているが、京料理という概念が割合新しいものだと言うことが面白い。言葉としては明治時代からあったらしいが、関東大震災の時に関西から料理人が多く東京へ行き、その頃から少しずつ明確な形をとり始めたようだ。「瓢亭」の店主高橋英一は、京料理を「有職料理、精進料理、懐石料理、おばんざい」の4つの流れがミックスした所にあると定義する。なるほどと、著者は感心している。

 具体例や写真も豊富で、分かりやすく、楽しい本である。最後に著者は海外での動きに関し「フュージョンが進めばまた伝統への求心力が高まる」と述べているが、はたして「新日本料理」はどうなっていくのか。時々パリの街を歩きながら、和食レストランの看板を眺めたいと思っている。


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