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『ハーバード白熱日本史教室』北川智子(新潮新書)

ハーバード白熱日本史教室

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「ハーバード生を魅了した授業!」

 『ハーバード白熱日本史教室』というタイトルを見て、マイケル・サンデル教授の二番煎じかと思ったのだが、内容は全く違った。いや、学生の好奇心を刺激し、教室が受講生で溢れんばかりの授業であるという点では同じと言える。だが、この授業を担当しているのが、日本人で(つまりアジア人で)、女性で、若いという、ハーバードで名物教師となるには、残念ながらマイナス要因ともなりうる要素に満ちた、北川智子という存在であるということが、異色なのだ。

 北川は帰国子女でもないのに、日本の高校を卒業した後、旅行で気に入ったカナダの大学に留学する。しかも専攻は数学と生命科学という、歴史とは余り関係の無いものだ。だが、日本史担当の先生のアシスタントをすることになり、ハーバードのサマースクールで「ザ・サムライ」の授業に出席して、疑問が湧く。なぜ男の「サムライ」だけが論じられて「Lady Samurai」が論じられないのか。

 結果的に大学院では日本史を専攻し、プリンストン大学で博士課程を終える。そして、ハーバードで講師として教える機会を得る。日本史の授業は元々余り人気が無く、一ケタ代の受講生が普通だったが、彼女の「Lady Samurai」と「Kyoto」という授業は人気が出て、受講生が104人、251人と増えていく。学生からの評価も抜群で、「ベスト・ドレッサー」賞や「思い出に残る教授」賞も受ける。しかもまだ30歳前後である。

 サクセスストーリーだろうか。ある意味そうだろう。自慢話だろうか。そうとも言えるだろう。学問的に粗いだろうか。そう言って批判する人もいるようだ。しかし、この本は非常に面白く、楽しく、元気が出る。それは北川の情熱と若さと純粋さが伝わってくるからだ。考えてみて欲しい。ハーバード大学に通う学生たちは、将来大なり小なり国の根幹を支える役割を果たしていく者が多いに違いない。そんな若者たちが、学生時代の一時に、日本史を夢中になって学んでいるのだ。何とも嬉しい話ではないだろうか。

 北川の授業法は、日本の大学でも生かせる部分が多いと思える。従来の講義型の授業だけではなく、学生参加型の授業を取り入れていけば、ゼミが始まるまで大学の講義は面白くない、等という感想も減るのではないか。プレゼン、地図書き、ラジオ番組制作、映画制作等、種々のアクティブラーニングに、学生たちは熱心に取り組む。その作品はウェブ上にアップして皆が見られるので、余計気合いが入る。目を輝かせている学生たちの姿が髣髴としてくる。このような授業が、どれくらい日本で行われているだろうか。決して多くはないだろう。

 学問の世界は、常に新風を吹き込まないと、すぐに硬直化する。一端ある程度の地位を得てしまった者は、それで満足し他の方法を受け入れなくなる。しかも、分野にもよるが、IT機器の発達により、知識のグローバル化が加速度的に進んでいる。本流を過たず精進を続ける事も大切だが、北川の手法のような新風も、非常に良い刺激になる。種々の仕事に生かせる発想である。


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