『冷蔵庫と宇宙』 ゴールドシュタイン (東京電機大学出版局)
エントロピーと情報理論を一般向けに解説した啓蒙書だが、わかりやすく面白いという点で本書は群を抜いている。
この種の本はどうしてもたとえ話が多くなるが、本書はたとえ話に逃げることなく、真っ向から直球で勝負している。不正確なたとえ話でお茶を濁されるより、直球で攻めてくれた方がはるかにわかりやすい。
本書の前半は熱の正体をめぐる19世紀の熱力学を解説しているが、今ではエーテル説とともに科学史の一エピソードになってしまった熱素説について詳しく解説している点が興味深い。
当時は熱の正体は熱素という元素だと考えられていたが、熱素を仮定すると、意外や意外、熱という現象がきれいに説明できるのである。熱素説が真理と考えられていたのにはそれなりの理由があったのだ。
驚いたことに、カルノーによる熱力学の第二法則の発見も熱素説にもとづいてなされていた。カルノーは水車の発生する力が水の落差と、水の量に比例することにヒントをえて、熱機関の発生する力は温度差と熱量に比例すると考えたのだ。熱素を水車を動かす水に見立てたわけだが、もちろんこの前提は間違っている。間違った前提から正しい結論が出てくるという珍らしいことが起こったのである。
熱素説が崩れ、エントロピー概念が確立されていく条は本書の白眉であって、長年もやもやしていた疑問がそういうことだったのかと得心がいった。
真ん中のあたりでシャノンの情報理論が登場するが、メッセージの表面的な文字数と内容を区別するという日常的な直観を手がかりに、シャノンの情報量の概念の革新性を手品のように説明してのけている。こういう説明があったのかと、舌を巻いた。
後半は量子力学と相対性理論によってエントロピーと情報の概念がどう変わったかを解説している。ここもみごとである。
エントロピーと情報理論について知りたかったら、まず本書を読むことをお勧めする。ちょっと厚いが、出来の悪い本で頭をかかえるよりずっと効率的である。