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『シュメル―人類最古の文明へ』 小林登志子 (中公新書)<br />『よくわかる!古代文字の世界』 飯島紀 (国際語学社)<br />

シュメル――人類最古の文明へ

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よくわかる!古代文字の世界

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 世界最初の文字は古代メソポタミアで生まれた。文字を生みだしたのはシュメル人だが、どんな系統の言語を話すどんな民族かはわかっていない。現在にいたるまで中近東の一大勢力となっているセム語系の民族や、インド=ヨーロッパ語系の民族でないことは確かで、日本語のように助詞を用いる膠着語系の言語を話していたことから、インダス文明を築いたとされるドラヴィダ人と同系だろうとか、ウラル系の民族だろうとか推測されている。

 しかしシュメル人がどんな社会を作り、どんな生活を送っていたかは細かいところまでわかっている。粘土板文書が残っているからだ。

 『シュメル』は古代オリエント史を専門とする小林登志子氏によるシュメル早わかりである。読み物としてもおもしろいが、文字の誕生と発展、セム語系民族への継承、学校、図書館、読み書き能力、文字と関係の深い印章など、文字関連の話題に多くのページをさいており、シュマント=ベッセラの『文字はこうして生まれた』を補完する本としてお勧めできる。

 シュメル人自身は文字は手紙を書くために作られたと考えていたようである。「エンメルカルとアラッタ市の領主」という叙事詩に文字誕生の経緯が語られているが、それによるとイラン高原の交易都市アラッタにウルクのエンメルカル王が使者を送ったが、使者は王の口上を暗記しきれなかったので文字を発明したというが、暗記しきれないほど長い文章をいきなり書けるはずはなく、あくまで伝説にすぎない。

 著者はシュマント=ベッセラのトークン仮説を有力な説として紹介する。シュマント=ベッセラはコンプレックス・トークンの出現を国家の誕生と結びつけていたが、小林によるとコンプレックス・トークンはウルク期にあらわれ、80%は神殿のあったエアンナ地区から見つかっているという。

 エアンナ地区からはウルク古拙文字と呼ばれる絵文字段階の文字を彫りこんだ粘土板文書が3千枚以上出土している。文書は約1千種の表語文字で書かれ、ほとんどが会計文書である。シュマント=ベッセラ説はこうした考古学的事実に照らしても説得力がある。

 絵文字は縦書で書かれたが、BC3000年頃に楔形文字に変わり、横書になった。表語文字は表音的に使われるようになるとともに、字種数が減少した。表音文字が確立したBC2500年には600字種に減っていた。

 楔形文字は表音的な使い方が主になるが、表語文字としての使い方は最後まで残った。表語文字としての楔形文字は漢字のように部品を組み合わせて一文字が構成されており、日本のシュメル学の草わけだった中原与茂九郎は漢字の六書という分類法を応用して楔形文字を分類した。どちらが影響をあたえたのかはわからないが、人間が考えることはどこでも同じということかもしれない。

 文字の読み書きは書記という世襲職がにない、書記の子弟のための学校があった。学校は 粘土板の家エドゥブバ と呼ばれ、月に24日通った。教科書や練習ノートが出土しており、教科書には生徒の興味を引くためか、子猿が母猿に手紙を出すという物語が載っていた。学校を舞台にした物語が4編残っている。親が教師につけとどけをすると、やかましかった教師が突然やさしくなるという条があるそうで、シュメル人に親近感が湧いてくる。

 書記以外は王族や貴族であっても、読み書きはできなかった。読み書きできる王は珍らしいので史書に特記された。

 シュメル語はシュメルが滅び、セム語系の民族が統治する時代になっても学問語として残った。アッカド帝国を建てたサルゴン王の娘、エンヘドゥアンナ王女はシュメル語で「イナンナ女神賛歌」をあらわすとともに『シュメル神殿賛歌集』を編纂した。

 新アッシリア帝国を隆盛に導いたアッシュル・バニパル王は読み書きができることを誇りにしていて自分を描いた浮彫の腰には二本の葦ペンを彫らせた。王宮の玉座の裏には四万枚の粘土板を収拾した図書館を作り、各文書の最後には王の所有物であることを明記した奥付をつけていた。征服した都市の神殿図書館や個人の蔵書を運んでくるよう命じた手紙も発見されている。乾隆帝のような文人皇帝だったのだろうか。

 

 『よくわかる!古代文字の世界』は楔形文字ヘブライ語コプト語などの教本を書いている飯島紀氏が書いた古代オリエントの概説書である。

 飯島氏はアカデミックな経歴の人ではない。京大理学部(旧制)を卒業後、松下電器産業で技術畑を歩んだ理系の人で、学生時代セム語の授業を受けたのをきっかけに古代オリエントの言語を独学したようである。専門家からはほぼ無視されていて、古代オリエント語に関心をもつ人たちからは学習に使えないと厳しい評価をされているようである。しかし日本語で読める古代言語の本を継続して出してくれた功績は小さくはないだろう。

 本書は『よくわかる!古代文字の世界』という題名だが、古代文字については図版が多数載っているものの、本文ではほとんどふれておらず、古代オリエント社会の歴史をコンパクトにまとめた本になっている。一冊でシュメル人からヘブライ人まで概観した本は珍らしく、地図と図版が多いことからもお買い得の本と言えよう。

 

 これ以上の知識となると英語の本をあたるしかない。シュメール学の泰斗であるサミュエル・クラメールの『The Sumerians : Their History, Culture, and Character』、『Inanna : Queen of Heaven and Earth』、『History Begins at Sumer』、『Sumerian Mythology』、ションプの『Ancient Mesopotamia : The Sumerians, Babylonians, and Assyrians』、オックスフォード大学出版局から出ている『The Literature of Ancient Sumer』、Society of Biblical Literatureから出ている『Akkadian Grammar』あたりが評判がいいようだ。

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