『甲骨文字の読み方』 落合淳思 (講談社現代新書)
ケータイ絵文字の影響だろうと思うが、最近、文字に対する関心が高まっているらしく、『ヒエログリフを書こう!』とか『マヤ文字を書いてみよう読んでみよう』、『パソコンで楽しむ愛と友情のトンパ文字』といった、およそ実用になりそうもない本が出版されている。
ただし、文字なら何でもいいというわけではない。フェニキア文字とかデーヴァナーガリ文字など、表音系の文字はお呼びでなく、字形と意味の間に関連のある表意系の文字の人気が高い。確かに目をあらわす文字が目の形をしていれば嬉しくなるものだ。
面白さという点では甲骨文字はもっと注目されていい。甲骨文字は亀が、林がと象形性が高いだけでなく、「亀」、「林」という現代の漢字に直結しているからだ。「麓」のような複雑な字の甲骨文字字形も、よくよく見れば現代の「麓」そのままである。
(本稿の甲骨文字の字形は16万字の漢字を検索・表示できる「今昔文字鏡」のフォント・サーバーを使わせてもらっている。今昔文字鏡では甲骨文字も異体字の一つという扱いなので、普通に検索できる。)
甲骨文字にはもっと大きな利点がある。ヒエログリフにしろ、マヤ文字、トンパ文字にしろ、日本語とは縁もゆかりもない言語をあらわすために作られた文字であって、字形の面白さを楽しむ段階より先に進もうとすると、語学という壁が立ちはだかる。実用性に乏しい言語なので、日本語の教本はほとんどなく、英語を介して学ぶしかない。古代エジプト語を勉強してまでヒエログリフを極めようという人はなかなかいないだろう。
甲骨文字は違う。甲骨文字は一部に後世に伝わらなかった字があるが、大部分は現代の漢字につながっており、漢文の心得があれば文が読めるのだ。
『甲骨文字の読み方』に掲げられている例文から引く。いずれも実際に出土した甲骨に刻まれていた文である。
王 占 曰 雨
王占ひて曰く、雨ふらんと。
(王は占って言った。「雨は降らないだろうか」)
南 土 受 年
南土、
年 りを受くるか。(南方の土地は収穫を得られるか)
王 夢レ 子 亡レ 疾
王、子を夢に見る。
疾 むなきか。(王は子供を夢に見たが、病気にならないか)
三つとも占いだが、これは偶然ではない。甲骨に刻まれた文はすべて占いなのである。
占いの結果はほとんどが「吉」か「大吉」だそうである。いい結果ばかりなので本当に占いなのか疑う学者がいたが、著者が骨を火にあぶって再現実験をおこなったところ、骨にヒビがはいりやすくする前加工の段階でどんなヒビがはいるかを操作できることがわかった。占いは政治ショーだったのである。
なお、巻末には現代の漢字の画数で検索できる簡単な字典がついている。