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『私のマルクス』 佐藤優 (文藝春秋)

私のマルクス

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 佐藤優氏の思想的自伝である。いくら『国家の罠』がすごい本だからといって、自伝を書くのは30年早いんじゃないかと思ったが、これはこれで腹にこたえる読物になっていた。

 両親の経歴にはじまり、生い立ちから高校時代、同志社大学神学部入学と進んでいくが、そのすべてが「濃い」のである。

 たとえば高校時代。生徒会と文芸部と応援団(!)をかけもちしたというだけでも常人ではないが、高校一年の夏休みにはチェコのペンフレンドを訪ねて東欧の一人旅に出ているし、二年の時には社青同向坂派に加入してマルクス主義文献の学習会に通い、教会にも顔を出している。

 キリスト教マルクス主義は佐藤氏の思想的バックボーンだが、このミスマッチな組みあわせのルーツは母親にあったようだ。佐藤氏の母は沖縄出身で、第二次大戦中、女学生ながら電話交換手や看護士として軍にしたがい、あわや自決というところまでいったという。戦後、キリスト教の洗礼を受ける一方、後に社会党の県会議員になる兄の影響で熱烈な社会党支持者となる。

 十代にしてキリスト教マルクス主義という二大思想をかかえこんだ著者は無神論の研究を志し、そういう無茶苦茶なことをやりたいなら同志社の神学部しかないといわれて同志社の門をたたくことになる。

 同志社大学は東京の大学からは想像もつかないくらい「濃い」大学で、「同志社ガラパゴス」と呼ばれているほどだそうである。その同志社の中でもとびきり「濃い」のが神学部だった。

 これまでに読んだ佐藤氏の本はモスクワとか外務省とか東京拘置所といった異世界が舞台だったが、本書は大学が主な舞台となっているのでやけに生々しく、むせかえるような体臭がもわっと襲ってきた。絶対にかかわりあいになりたくないタイプである。

 佐藤氏は神学部自治会が不法占拠位していた「アザーワールド」と呼ばれる研究室にいりびたるが、神学部の教授会はこの不法占拠を黙認していた。

 あるとき野本真也神学部教授が私たちに「神学には秩序が壊れている部分が絶対に必要なんです。だから神学部にアザーワールドのような、既成の秩序にはまらない場所と、そういう場所で思索する人たちが必要なんです」といっていたが、これはレトリックではなく、神学部の教授たちは、あえて通常の規格には収まらない神学生たちの活動場所を保全していたのである。

 理屈はいくらでもつけられるだろうが、要するに血の気の多い学生が集まっていたということである。血の気の多い学生は左翼運動で騒いでいても、最後はクリスチャンになると牧師でもある教授たちは見切っていた。佐藤氏も洗礼を受けて正式のクリスチャンになっている。

 氏のライフストーリーはどうでもいいし、労農派マルクス主義にも興味はないが、面白い知見がそこここにちりばめられている。

 マルクスの文体が三回変わり、『ドイツ・イデオロギー』以降はタルムード的になるというのはその通りだろう。マルクスはアジア的生産様式を低く見ていなかったのに、ソ連の公式イデオロギーは「アジア的」に否定的な意味あいをつけくわえたというのは知らなかった。ソ連イデオロギー官僚はそういう改変をする一方、アジア的生産様式を評価したメモを全集に収録して、インテリゲンチャとしての使命を果たしているという。

 田川健三と廣松渉については突きはなした見方をしているが、宇野弘蔵には賛辞を捧げている。宇野が労農派の流れから出てきたということもあるが、経済学を純化するために唯物史観を経済学の外にくくり出した理論構成が、キリスト教マルクス主義を結合するのに具合がいいということもあるようだ。

 著者が学部と大学院を通じて研究対象にし、外務省にはいるきっかけともなったフロマートカと東欧神学に関する記述には力がはいっている。

 西欧ではカトリック内改革運動とされるフス派の運動は、東欧では宗教改革の第一期に位置づけるそうだ。カール・バルト弁証法神学が19世紀の自由主義神学と連続しているという見方が東欧では当たり前になっているという指摘もへえーである。佐藤氏が訳したフロマートカの自伝を読みたくなった。

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