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『高橋留美子傑作短編集〈1〉〈保存版〉る-みっくわ-るど』 高橋留美子 (小学館)

高橋留美子傑作短編集〈1〉〈保存版〉る-みっくわ-るど

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 高橋留美子氏は1978年に「勝手なやつら」で第2回小学館新人コミック大賞少年部門をとり「少年サンデー」からデビューした。すぐに『うる星やつら』を描きはじめるが、『うる星やつら』は当初は不定期連載であり、連載とは別に月刊の「少年サンデー」増刊号に短編を発表していた。

 『高橋留美子傑作短編集』はデビュー作から『人魚の森』シリーズを描きはじめる1984年までに発表された短編を二巻にまとめたもので、「〈保存版〉る-みっくわ-るど」と銘打たれているだけに、通常のコミック版よりひと回り大きなA5版でカラー印刷のページもあり、しっかりした造本になっている。

 本書はその第一巻で1978年から1980年までの2年間に発表された10編を発表順に収録している。

「勝手なやつら」

 高橋氏のデビュー作で「少年サンデー」1978年第28号に掲載された。マンガ雑誌では新人がSF漫画を描くのを色がつくとして好まないといわれているが、これは堂々たるSFである。

 新聞配達の少年をめぐって地球を侵略にきた宇宙人、地上征服をたくらむ半魚人、マッドサイエンティストだらけの科学技術庁の研究所が三つ巴になるというハチャメチャSFで『うる星やつら』に通じるものがある。

 エネルギーが沸騰しているが、絵はざつだし、話の組立には無理があるし、新人賞レベルかなという気がする。

「腹はらホール」

 小学館から出ていたグラビア雑誌「別冊BIG GORO」1978年8月号に掲載された。高校の化学の実験中に爆発が起こり、時空に穴が開いて飢饉で飢えた百姓の一団が現代にあらわれる。このアイデアが「炎トリッパー」や『犬夜叉』に発展していくわけだが、後年の作品と異なるのは百姓たちの顔が不気味なことである。おそらく『カムイ伝』の影響だろう。

 SFらしく最後にすごい落ちがある。現在の日本でこそ、この落ちは生きるのではないか。

「黄金の貧乏神」

 「少年サンデー」1978年9月増刊号掲載。マッドサイエンティストの父親が息子を実験材料に、金儲けのために七福神の乗った宝船を呼び出してしまう話である。七福神キャラクターはこんなに早い段階で出てきていたわけである。

「ダストスパート!!」

 「少年サンデー」1979年5月増刊号から9月増刊号まで5回連載された。HCIAひのまるしーあいえー完璧の豚パーフェクトンという世界征服をたくらむ二つの秘密結社の戦いを描いた連作コメディである。

「ミスター・プーの巻」

 アメリカに留学していた五味たむろと炎上寺由羅の二人がHCIA本部の指令で日本にもどり、背古井というエージェントとともに「完璧の豚」との戦いに身を投ずる経緯を描く。五味と炎上寺はエスパーだが、五味の超能力はゴミを媒体にテレポートするというもので、それが「ダストスパート!!」という表題の由来となっている。

「ゴキブリは生きろ、ブタは死ね!!の巻」

 怪しげな教育をやっているという全寮制の高校に潜入する話。学校全体がゴミ箱化していて、巨大なゴキブリがいる。クライマックスは焼却炉の中。

「マリン・ボーズ'79の巻」

 海坊主事件を調査しているうちに「完璧の豚」の陰謀に出くわす。

「行方不明路の巻」

 「完璧の豚」の工作員を追っているうちに自殺の名所の青木ヶ原樹海に迷いこむが、樹海の中には迷った人間の村ができていたり、妖怪が集まっていたりして異世界になっていた。シリーズ中二番目に面白かった。

「ダスト・シーンの巻」

 HCIAに迷惑ばかりかけている五味と炎上寺は「完璧の豚」の手先だったのではないかと疑われる。冤罪は晴らせるのか……。シリーズの最高傑作。

「商魂」

 「平凡パンチ臨時増刊"That's Comic"」1980年12月5日号掲載。降霊会で一儲けたくらんだ高校生のカップルの話で、転んでもただでは起きないたくましさから「商魂」という題名がついたのだろう。ハリウッド映画の『ゴースト』と似た展開だが、本作の方が10年早い。『ゴースト』の脚本家がこの漫画を読んでいるなんていうことはまさかないだろうが。

「ふうふ」

 「ビッグコミックオリジナル増刊」1980年10月15日号掲載。安アパートに住む新婚カップルの話である。『高橋留美子劇場』のオヤジものに通じる御近所トラブルものだが、まだ全然リアリティがない。

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