『朝鮮学校「歴史教科書」を読む』 萩原遼&井沢元彦 (祥伝社新書)
韓国の歴史教科書を読んだので北朝鮮のも読んでみようと思ったが、邦訳は「星への歩み出版」から出ているものの書店ルートでは流通しておらず、ホームページもないので(ブログはあるが放置状態)、通信販売で買うしかない。昔ながらの通販はおっくうなので代りに本書を読んだ。
驚いたのであるが朝鮮学校の教科書は秘密文書あつかいで、外部に見せてはいけないのだそうである。教科書には名前を書かせ、貸与ではないのに使い終わったら返却することになっているというから念がいっている(本当だろうか?!)。
翻訳したのは「朝鮮高校への税金投入に反対する専門家の会」で、朝鮮学校の荒唐無稽な教育内容を広く知らせるために協力者を通じて入手した原本を図版にいたるまで忠実に再現したという。邦訳は無償化問題に関心をもつ国会議員に配り国会の論議に影響をあたえたらしい。
意外にも訳本は当の朝鮮学校の生徒がこっそり買う例が多いそうである。朝鮮学校に通っているといってもハングル文がすらすら読めるわけではなく予習に時間をかけなければならないが、翻訳を読めば簡単に済むわけだ。
本書は「専門家の会」で中心的な役割をはたした萩原遼氏と『逆説の日本史』シリーズで知られる井沢元彦氏が朝鮮学校の実態と問題点、さらには北朝鮮がなぜあんな国家になってしまったかを語りあった対談で、随所に教科書の引用がある。
日帝との最後の決戦のための準備が、着々と推進されていた時期の1942年2月16日、敬愛する金正日将軍様におかれては白頭山密営で誕生された。
朝鮮人民革命の軍隊員たちは、木や岩などに「あぁ、朝鮮よ! 同胞たちよ! 白頭光明星の誕生をここに知らせる!」、「2千万同胞よ! 白頭山に白頭光明星が独立天出竜馬に乗って出現した!」などの文字を彫りこみ、将軍様の誕生を知らせた。
朝鮮戦争を起こしたのももちろん韓国側と明記されている。
米帝のそそのかしのもと、李承晩は1950年6月23日日から38度線の共和国地域に集中的な砲射撃を加え、6月25日には全面戦争へと拡大した。
共和国政府はただちに李承晩「政府」へ戦争行為を中止することを要求し、もしも信仰をやめないときには決定的な対策をとることを警告した。しかし敵は戦争の炎を引きつづき拡大した。
6月25日共和国に作りだされた厳重な事態と関連して朝鮮労働党中央委員会政治委員会が招集され、ついで共和国内閣非常会議が開かれた。
敬愛する金日成主席様におかれては、会議で朝鮮人をみくびり刃向かう米国のやつらに朝鮮人の根性を見せてやらねばならないとおっしゃりながら、共和国警備隊と人民軍部隊に敵の武力侵攻を阻止し即時反攻撃にうつるよう命令をお下しになった。
大韓航空機爆破事件は「南朝鮮旅客機失踪事件」と単なる事故あつかいし、次のように書いている。
南朝鮮当局はこの事件を「北朝鮮工作員金賢姫」が引き起こしたとでっち上げ、大々的な「反共和国」騒動をくり広げ、その女を第13代「大統領選挙」の前日に南朝鮮に移送することによって盧泰愚「当選」に有利な環境を整えた。
原因不明の失踪事件を利用した韓国側の謀略だと言いたいらしい。
あきれることだらけだが日本人拉致問題のあつかいもひどい。何の前置きも説明もなく、もちろん金正日が拉致を認めたとの記述もなく、次の条が突然登場するだけだという。
2002年9月、朝日平壌宣言発表以後、日本当局は「拉致問題」を極大化し、反共和国、反総連、反朝鮮人騒動を大々的にくり広げることによって、日本社会に極端な民族排他主義的な雰囲気が作りだされていった。
期待にたがわぬトンデモぶりだが、こんな嘘八百を暗記しなければならない朝鮮学校の生徒も哀れである。北朝鮮なら集団妄想の中で暮らせるが、日本に住んでいたら将軍様がイルクーツク生まれで、朝鮮戦争が北の奇襲攻撃ではじまった等々の事実は嫌でも耳にはいってくるだろう。敬愛する将軍様が拉致問題で謝罪した事実からだって逃げられない。
教科書の通りに答案に書かないと進級できないのはもちろん、授業内容に疑問を呈すると教師から殴る蹴るの制裁を受けるのだそうである。事実だとしたらとんでもないことだ。子供の人権に敏感なはずの人権団体はなぜ黙っているのだろう。
朝鮮学校の卒業生や父兄の一部が「朝鮮学校教育の抜本的改善を求める総連への要望書」を1998年に出したが(民団新聞の記事)、そこには「二重人格をつくるのは子どもたちがあまりにもかわいそうだ」と書かれているそうである。
朝鮮系の人は教育熱心で、子供に公認会計士や弁護士などの食べていける資格をとらせるために夜は塾にいかせ、日本の大学に入るための受験勉強をさせている家庭が多いという。
それくらいなら朝鮮学校に通わせなければいいではないかと誰しも思うところだが、帰国事業で親族を人質にとられていて朝鮮学校に入学させろと要求されると断れないとのことである。朝鮮学校の閉鎖を一番望んでいるのは朝鮮学校に子供を通わせている父兄だというのは案外あたっているのかもしれない。
本書は厳しく朝鮮学校を批判しているが、最近出た朴三石氏の『知っていますか、朝鮮学校』(岩波ブックレット)は本書をかなり意識した内容になっており、本書に対する朝鮮学校側からの反論と読むこともできるだろう。
なお対談の最初の部分では萩原氏が朝鮮戦争時にアメリカ軍が鹵獲した厖大な文書をもとにまとめた『朝鮮戦争』執筆の裏話が語られていて興味深い。同書も必読である。