『韓国近現代の歴史 検定韓国近現代史教科書』 三橋広夫訳 (明石書店)
韓国の高校では一年の時に必修の「国史」を教え、二、三年では「深化選択科目」の「近現代史」を週に4時間かけてみっちり学習させる。教科書も『高等学校国定国史』と『検定韓国近現代史教科書』にわかれている。本書は選択科目の方の教科書である。
「近現代史」の教科書は検定なので6社から出ているが、本書は大韓教科書社版の翻訳で、韓哲昊、金基承、金仁基、趙王鎬四氏の共著である。原本はB5版多色刷だが邦訳はA4版単色刷である。
本文の半分以上が「資料」となっており、何番と何番の「資料」をもとに課題を考えさせるという授業の進め方を想定しているようである。ハングルなので資料と史料の区別がつかないにしてもここは「史料」と訳すべきではないかと思ったが、途中で「資料」とした理由がわかった。日本の教科書は「史料」として一次史料の抜粋を載せているが、この教科書の「資料」項目のうち一次史料の抜粋は半分足らずで、残りの項目は教科書著者の見解なのである。「資料」をもとに考えようというが、日本の学校の「史料をもとに考えよう」とは意味が違うのだ。
さて全体は通史になっていて四部にわかれる。
「Ⅰ 韓国近現代史の理解」は総論で李朝末期に庶民経済が発展し、両班が君臨する身分秩序がこわれて資本主義の自発的な発展がはじまろうとしていたが、日帝が侵略して自発的近代化を抑圧してしまった。日帝に対し朝鮮民衆は独立運動で戦ったとあるが、みずからの手で独立を勝ちとったとはさすがに書いていない。独立後の経済発展については朴政権の開発独裁の是非を考えようと締めくくっている。
「Ⅱ 近代社会の展開」は欧米列強の圧迫から大韓帝国成立までだが、日清戦争(韓国では清日戦争)の結果清から棚ぼたで独立したという経緯は『国定国史』同様まったく書かれていない。
ここでも日清戦争は腫物あつかいで、できるだけふれないように細心の注意をもってあつかあれている。したがって日清戦争が朝鮮半島を戦場に戦われたという事実すら本文には出てこない(挿図の説明には「平壌戦闘」という語句があるが)。他では日帝の悪を執拗に糾弾しているのに日清戦争で国土を蹂躙された件についてはなぜか口をつぐんでいる。
日清戦争がとりあげられるのはあくまで日本と清の近代化の差という文脈という文脈においてにすぎない。
清と日本は西洋帝国主義列強の強要によって開国した後、富国強兵のために努力した。しかし両国が選択した道は上の絵[引用者注:下関講和会議の図]に見られる両国役人の服装のようにずいぶん異なり、選択の結果は清日戦争で決着がついた。この戦争は他の国々の予想と違って日本の勝利で終わった。清は日本に領土の一部を割譲し、賠償金を与えるなど、屈辱的な条件で講和条約を結ぶほかなかった(1895)。
まったくの他人事ではないか。課題としてなぜ清が近代化できなかったか考えてみようとあるが、その前に考えることはいくらでもあるだろう。
そもそも日清戦争と朝鮮の独立の間に因果関係があることすら伏せられている。朝鮮の清からの独立は下関条約第一条の「清国は、朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する」という条項によるが、下関条約は「資料」として引用されていないだけでなく、年表で二ヶ所、日清戦争の部分で一ヶ所、甲午改革の背景説明で一ヶ所軽く言及されるにすぎない。
なにかと話題の独立門の説明を見てみよう。さすがに日本から独立した記念に独立門を作ったとまでは書いていないが、写真の説明に「清の使節を迎えていた迎恩門を壊して」とあるのみで清から独立したという記述ははない。
独立協会は「朝鮮が独立していることを世界に広め、また朝鮮の後世にもこのとき朝鮮が永遠に独立したことを伝えようという印」(『独立新聞』、1896.7.4)として独立門の建設を推し進めた。
元の記事には清の冊封体制からの独立と書かれている可能性があると思うが(御教示を請う)、こういう切りとり方をすると朝鮮はずっと独立していたのに諸外国が誤解しているので誤解を知らせるために独立門を作ったと錯覚しかねないだろう。
日本統治の条では『大韓民国の物語』で批判されていた通りの植民地収奪論が繰りかえされていて笑ってしまった。
ハングルに関しては案の定日本が研究と普及を妨害したことになっている。よくもまあここまで嘘が書けるものだ。
『国定国史』より詳しいだけにロシアの領土的野心にはふれられているが、ソ連の悪については曖昧にしか書かれていない。赤軍に編入された洪範図が「多くの同胞たち」とともにカザフスタンに強制移住させられたとはあるが、ソ連極東地区の5万人の朝鮮人が強制移住させられたとは書いていない。ソ連について書くと日帝の悪がかすんでしまうだろうか。
「深化学習」ということだが、雑学的な知識がけっこう入っている。たとえば黒船(韓国では異様船)に対抗して作った鶴羽船は哀れをもよおす。これでは近代化は夢のまた夢だ。
11年前に出た勝岡寛次氏の『韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する』(絶版)という本があるが、本書でも基本的な部分では変わっていないことを確認した。勝岡氏の指摘は第七次でもおおむねその通りであるが、東アジアをめぐる列強のパワーゲームという視点がまったく欠落し、朝鮮民衆の反日運動で全世界が動いているかのような近視眼的な記述の異様さは現物を読んでみないとわからない。夜郎自大とはこのことだ。歴史を知らないのは韓国人の方である。
こんな売れそうもない本を出版しただけでもすごいが、明石書店の「世界の教科書シリーズ」にはもっと売れそうもない国の教科書まではいっている。明石書店の心意気に敬意を表して以下に一覧を掲げておく。
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