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『エンニオ・モリコーネ、自身を語る』エンニオ・モリコーネ、アントニオ・モンダ/中山エツコ訳(河出書房新社)

エンニオ・モリコーネ、自身を語る

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「ロングショットとクローズアップ」

 本書は2009年9月から、約10か月間、計15回にわたって行われたエンニオ・モリコーネとアントニオ・モンダの対話記録である。映画音楽にとどまらず、現代音楽(本文中では「絶対音楽」)の高名な作曲家でもあるモリコーネと、アメリカ合衆国在住のイタリア人作家・評論家であり、インタビューの名手ともいわれるモンダとの対話と聞いて、心を躍らせる読者もいるかもしれない。

 モリコーネというと、セルジオ・レオーネ(本文中ではセルジョ・レオーネ)が監督した『夕陽のガンマン』や『続・夕陽のガンマン』、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』などの諸作品を思い浮かべる人たちも多いだろう。それを意識したのかもしれないが、モンダのインタビューは、レオーネが得意としたロングショットとクローズアップを暗示する手法がとられている。

 モンダは決してインタビューを急がない。15回のインタビューを行うにあたり、その日の天気の描写はもとより、毎回どのような日常環境の中で対話が行われたかを、読者に丁寧に伝えようとする。これはモンダの日誌でもあるのだ。だから、必要と思えば、そのときどきの自分の心根を語ることもいとわない。やがて読者は、描写の中心に、モリコーネが小さく佇んでいることに気づく。この段階のモリコーネは、モンダにとって数ある対象のひとつにすぎない。ほかのものと同等の重要さをもつ対象のひとつにすぎない。

 対話が始まると、当然のことながら、モリコーネは等身大になり、モンダによって対話の細部が拡大されていく。本書の白眉は「音の民主主義」と題された第9章だ。ここで語られるのは、モリコーネの音楽観であり、彼の現代音楽にたいする情熱である。経済的な理由から映画音楽を作曲しなければならなかったこと。しかし、映画音楽でも常に現代音楽的な実験を続けてきたこと。彼が現代音楽を希求するのは、映画音楽とは異なり、それが作曲家のみに依存する音楽だからだ。モリコーネは、自らがポスト・ヴェーベルン世代の一員であることを控えめに語りつつも、まさにそこに立脚して作曲していることを熱心に語る。モンダはこうした一連のコメントを、クローズアップの手法を用いて見事に引き出す。

 レオーネの映画との関連性から、本書の読後感についても述べておく必要がある。本書を読み終えたあと、読者は、レオーネの映画が終了したときと同質の静謐感に包まれる。映画の中で、どれほど激しいドラマが展開されたとしても、いつも最後に浮かび上がる、あの不思議なほど静かな世界と同じ世界の中にいる自分を発見する。

 

 映画にかんしていえば、この静謐なひとときが、実はレオーネによってのみもたらされたものでないことをモリコーネの忠実なファンはみな知っている。それは、彼の音楽が映画に挿入された結果、出現した閑寂ともいえる世界である。同じ印象を、本書から受けるとすれば、それは、静けさそのものがモリコーネに起因するからだ。モリコーネ自身が常に静けさの発信源であり、レオーネもモンダも、それを彼の楽曲や語りを利用して創造しているにすぎない。

 念のため、モンダが1999年に発表したインタビュー集、“Do You Believe? : Conversations on God and Religion(アメリカ文化人の神と宗教をめぐる対話)”と比較してみよう。本書がモリコーネの静けさの恩恵をどれだけこうむっているかがわかるだろう。“Do You Believe?”の中で展開されるインタビューはどれもが一級品だが、それは「インタビューとして」という条件のもとでの評価である。確かにアーサー・シュレジンガー・Jrへのインタビューなどを読むと、その日の凍てついた天候の描写から始まり、書き出しが本書と似ていないこともない。だが、本書のような日誌風の体裁は当然とられておらず、インタビュー自体が問題の所在と直接向き合う構成になっている。モンダのインタビューなのでもちろん面白い。興奮もする。だが、インタビューが終了し、最後にそのスイッチを切り、静寂をつくりだすのは、モンダではなく読者の役目だ。

 

 本書をまとめるにあたり、われわれの気づかないところで、モンダはジュリアーノ・モンタルドエリオ・ペトリといった有名映画監督たちの撮影手法を活用しているかもしれない。いずれもモリコーニが親しく接した監督たちだ。そうはいっても、二人の対話の隠れた脇役はやはりレオーネだろう。本書はこんなふうに終わる。

 「百年後に、百科事典にある自分の項目を見るとする。どのように定義されたい?」モンダが問う。「作曲家」とモリコーネは答える。

 そこに静謐な時間が訪れる。


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