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『くうねるところにすむところ:家を伝える本シリーズ26 おひとりハウス』篠原聡子(平凡社)

くうねるところにすむところ:家を伝える本シリーズ26  おひとりハウス

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 建築家が、子どもたちに向けて、さまざまな切り口から「家」を伝える絵本のシリーズ。


 1994年、著者がはじめて設計した集合住宅「コルテ」は、ワンルームマンションだが、同じ部屋が一列にならぶだけの味気ないプランでは寂しいと、中庭を挟んで二つの棟を向かい合わせた。中庭の空間で住人たちがコミュニケーションをとれたら、との思いからである。


 しかし、設計者の期待に反して、住人たちが中庭へ出てくることはなかった。社員寮として使われていたが、やがてその契約が切れ、誰も住まなくなってしまった「コルテ」。これは、その再生の物語である。

 20㎡もないスペースに、生活のすべてを組み込んだワンルームマンションは、かつての下宿のような煩わしさのない快適な住まい。しかし、「煩わしくない家は寂しい家」だと著者は言う。住人のいなくなった「コルテ」を改修して作るのは、寂しくない「ひとりのイエ」の集合体である。

 まずは、かつての長屋の井戸端のように、一階の三戸ぶんをコモン・スペースとした。「ポストルーム」にはその名のとおりポストと、住人たちが読み終えた雑誌や本を置いておける本棚と、ベニヤで作ったピンポン台。「なべルーム」には、流しとテーブルとソファ。各住戸のキッチンは狭いので、友人を呼んで鍋、というときには、ここを使って食事ができる。もともと洗濯機置き場のなかったコルテ。三つ目の部屋には洗濯機と乾燥機を二台備え付け、「ランドリー・コモン」とした。どの部屋も、最低限の設え。至れり尽くせりではない、その緩さがかえって、この共有空間を開放的なものにしているようだ。

 ふたつの棟を繋ぐ廊下の手すりと向かい合った窓辺には、「棚ガーデン」なる鉢植えのおける穴のついた棚を取りつけた。これは、著者が調査してまわったアジアの集合住宅からヒントを得ている。住人達のそれぞれの生活の様子をその外部に漂わせ、しかし雑然とはならず、建物全体がひとつの景色としてあらわれる――著者が「集まる景色」と呼ぶ町や路地のありよう。そんなふうに、住人それぞれ個人で育てた植物の集合が、中庭の景色を彩ってくれるようにとの仕掛けである。そうしてあらわれた「集まる景色」は、住人達に自分たちの共有空間を意識させ、やがて中庭はみんなのリビングのようになる。天井のない「青空リビング」である。

 住人同士がそれぞれの住居で生活のすべてを完結させるのではなく、「ひとり」の集まりが何かを生み出す。著者の「コルテ」再生とはつまり、その〝きっかけ〟を作るための工夫であった。

 それとはべつに、「コルテ」の「番人」である「ハタヤマさん」の存在も見のがせない。「コルテ」が社員寮だった頃から、ここの掃除を担当していたという「ハタヤマさん」のすすめによって、「ユーコさん」という住人が「なべルーム」が個展を開くことになるのだ。それは、「コルテ」の住人たちと、マンションの外の人たちとの出会いのきっかけにもなったことだろう。「ハタヤマさん」は、「コルテ」の住人たちよりもうんと上の世代の人のようである。同じ条件の下にいる「コルテ」の住人達とは異質の、しかも世代のちがう「ハタヤマさん」がいることによって、住人達の関係性も変わるだろう。同じ世代、均一な空間、そういうものをばらけさせる存在や仕組みは大切だ。

 近年注目されているシェア物件。ワンルームやアパートが圧倒的に多いひとり住まいの選択肢のなかでは、例外的な存在だが、住み手のなくなった一軒家を、ルームシェア向けに改修して貸し出すという業者もでてきた。リビングと台所・トイレ・お風呂が共有となるから、住人同士の関わりは、「おひとりハウス」よりいっそう密になる。

 ひとりの空間はきっちりと確保しつつ、共有スペースもあるという「コルテ」は、シェアハウスとワンルームの中間的な存在。そこでは、ワンルームという完結した個人の空間ではない住まいをもとめた人たちの集まるシェア物件に住むよりいっそう、コミュニケーション能力が問われるかもしれない。

 家族のための住まいであっても、戸建ての家であっても、家族だけで閉じられることのない共用のスペースや、私と公の空間を繋ぐスペースがあったら素敵だ。そうすれば、家族という枠から逃れてひとりになるための「ヘヤ」とは別の「個人」の空間が立ちあらわれてくるのではないか。オフィスビルに囲まれた都心のマンションにこもりがちの私にとっては夢のような話だが、「コルテ」のような「おひとりハウス」の提案にてらし、たとえば公共施設や地元の商店など、住まいに付随していなくても、「ひとり」の空間をより充実させてくれるようなコモン・スペースを探しに行かなくてはと思う。

 


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