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『ツイッターノミクス』タラ・ハント著 村井章子訳(文藝春秋)

ツイッターノミクス

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「鼻くその噂、タイムライン、モントリオール

 昨年からのツイッターブーム。多くのツイッター関連書籍が出版されていく。日本の出版界の宿痾である、柳の下にドジョウが100匹いる、という読者不在のマーケティングのもとに、内容が伴わない書籍が出ているんだろう。健全な愛書家のひとりとして、二度とツイッター本を手に取ることとはないだろう。世界にはもっとしるべきことがある、と考えていた。
 twitterのタイムラインを見ていると、文藝春秋から『ツイッターノミクス』が出版されるという、つぶやきが流れてきた。書籍を売るための販促アカウント http://twitter.com/twnomics を取っての情報発信。ふうん。文春もか。私は個人の名前がついていない情報は信用しない。担当者の名前は「下山進」。ふーむ。パソコン前で腕を組んでうなった。文藝春秋、本気だな。下山進氏と言えば、文藝春秋社のなかでは米国のジャーナリズムに詳しいノンフィクション編集の鬼。集中して仕事をしすぎるために、無精髭を放置、打合せで鼻くそをほじくることもある、という伝説を聞いたことがある。

 著者のタラ・ハントのことは知らなかったが、下山本として一気に興味を持った。

 本書の構成としてはシンプルである。ひとりのカナダ人女性が、twitterを始めとしたさまざまなソーシャル・メディアサービスを使いこなして、自分の表現活動のファン・支持者(本書では「ウッフィー」と称されている)を増やして、ビジネスチャンスを拡大していった。ソーシャルメディア時代の、twitterシンデレラストーリーである。

 このサイトの読者はすでに承知しているように、既存の紙媒体の影響力は低下するばかり。ソーシャルメディアでの情報のなかにこそ、リアルな情報のおもしろさがあり、ビジネスの勝機がある。しかし、そのソーシャルメディアのなかみは玉石混淆のカオス。これまでのマーケティングの手法は通じない。人々は広告情報を見抜き、嫌悪する。カネで雇われた広告野郎はソーシャルメディア村では、さげすみの対象となる。しかも、いまのtwitterユーザーには、目利きの人間がひしめく。偽物はつぶやきでぐさぐさと刺される、またはフォローがつかず無視される。

 ウッフィーとは何か。タラハントは「ソーシャルネットワークで結ばれた人同士の間に時間をかけて育まれる信頼。あるいは尊敬。あるいは評価」と書いている。ネットワーク上での表現活動によって得られる評価である。

 ウッフィーを増加させることで、人生や仕事で成功するチャンスが増えていくことを具体的な事例で紹介。そして、twitterをはじめとするソーシャルメディアの海を泳ぎ、目的の対岸にたどり着く方法を指南してくれる。

 その方法論のすべてがソーシャルメディアというお金のかからないツールによって出来上がっていた。不況になったいま、このノウハウをほしがる人は多いだろう。時節にかなった出版だ。

 私は平日は、地方企業の会社員として少ない予算でライフスタイルカーというコンセプトを発信することを職務にしている。あるときはユニバーサルデザイン関係の会合に出る。別の日は浜松市の福祉予算の勉強会に参加して情報収集。あるときは浜松で活躍する社会起業家たちとシンポジウムに参加。雑誌や新聞に広告出稿するという従来の広告宣伝費はほとんど使わない。イレギュラーなPRをすることで認知度を高めようとしていた。浜松にはソーシャルメディアの達人はほとんどいない。タラハントのノウハウのほとんどは、地方の中小企業の広報担当者にとって有益なものばかりだった。

 さらに、副業でやっているNPO活動にも応用できるノウハウが満載だ。驚いたのは、本書のなかでインタープラストというNPOが紹介されていたことだ。このNPO口唇口蓋裂の子供を無償で手術する活動をしている。日本ではたいへんマイナーな活動なのだが、twitterでその活動を知ってフォローしていた。その直後に、本書でインタープラストの広報戦略の一端を知ることができたのだ。

 へ? ひょっとして俺のやっていることって最先端かも? そんなプライドをくすぐる仕掛けが張り巡らされているのだ。孤独な地方会社員としてはノックアウト!!

 100年に1度の大不況によって、資本主義経済が崩壊するかのような言説が溢れているが、そんななか、インターネットのなかでは、新しい人々のつながり=「絆」が生まれようとしている。

 タラハントはそれをウッフィーと呼ぶが、日本人としての私の語感では「絆」のほうがしっくりくる。

 インターネットの登場によって、人間関係とコミュニケーションの作法が変容していく中、タラハントが打ち出した「ウッフィー」という信頼通貨という考え方は面白い。しばらく有効な概念だと思う。

 本書の内容とは別に、印象に残ったのはタラハントの今の生活である。米国のカリフォルニア州で会社を3つ設立し、いまはカナダのモントリオール在住であること。キャリアを積むには最高の環境であろう西海岸から、スローなライフスタイルが可能な町へ。地方都市在住者からみて、タラハントの生き方は、まさにウッフィー満点である。

 


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