『共和主義ルネサンス ― 現代西欧思想の変貌』佐伯啓思/松原隆一郎編集(NTT出版)
「共和主義理論のわかりやすい入門書」
ポコックの力作『マキアベリアン・モーメント』の影響のもとで作られた書物であり、ほとんどすべての論文で、ポコックの恩恵が語られている。ポコックが示した共和主義の系譜をたどり直す論文と、共和主義について正面から考察する論文で構成されている。共和主義について考察する論文は、どれも共和主義とは何かというところからスタートするので、書物としてはあまりうまく編集されていない印象をうけるが、同じテーマが異なる視点から語られるという意味では、おもしろい。お手並み拝見と、ちょっと意地悪な気持ちになったりする。ここでは三人の共和主義の定義を比較してみよう。
巻頭の佐伯啓思の「〈自由〉と〈善き生〉」の論文は、共和主義の一般的な特徴について、もっとも網羅的に考察している。著者は共和主義に共通にみられる要素を次のようにまとめてみせる。
(一)共通の善をめざす政治
(二)「美徳」をもった市民
(三)自立した自由な個人と国家
(四)愛国心と政治的な義務
(五)市民としての対等性
(六)「法」による支配
(七)権力の堕落・腐敗への批判
(八)政治体制としての権力の分散、混合体制
(九)商業や金銭主義的な市場競争社会(商業社会)への警戒(p.36)
このキーワードはすべての共和主義に該当するものというよりも、「家族的な類似性』のイメージで考えられているのだろう。また第二論文では、近代のイングランドとアメリカにおけるハリントンやジェファーソンなどのいわゆる「ネオ・ローマ的共和主義」、すなわち公民的な徳によって支えられる政治への志向の特徴として、(一)腐敗から市民の自由を守ることを第一義的な課題とすること、(二)そのための統治機構の整備、とくに政治制度や基本的な法のありかたに重点を置くこと、(三)市民の政治的な自由を保護するために、所有の平等などの経済的な平等を重視することをあげている(p.67)。これも特徴を絞ったわかりやすい要約である。
また共和主義の歴史的な考察においてもやはり共和主義とは何かが語られる。第四章「共和主義パラダイムにおける古代と近代」では、共和主義の原理を次の三つに要約する。
(一)「徳の支配」。徳によって支配され、善の実現を究極の目的とする国家こそが真の国家であると考える。
(二)「法の支配」。自由・平等な市民が相互に統治する唯一の方法は、みずから作り、みずからに対して課する法による支配だけだと考える。
(三)「人民の支配」。最多数者である人民による支配こそが、自由な国家の不可欠な条件と考える(p.139)。
この論文は古代のアリストテレスとキケロ、ルネサンスのマキアヴェッリ、近代のロック、モンテスキュー、ルソー、ヒュームと、共和主義的な思想の伝統がうけつがれ、発展させられていく筋道をたどっていて、とてもわかりやすい。やはり歴史的な流れとともに語るほうが、読者の理解を深めるだろう。
第三章の「現代のコミュユニタリズムと共和主義」は、共和主義的な傾向があるアメリカのコミュニタリズムとの関係を考察し、第五章「共和主義とリベラリズム」では一七世紀のイングランドの政治思想における共和主義的な要素を点検し、第六章では特にバークと共和主義、第七章では特にケインズと共和主義の関係を考察していて参考になる。今流行の共和主義理論の分かりやすい入門書としてお勧めである。
【書誌情報】
■共和主義ルネサンス ― 現代西欧思想の変貌
■NTT出版
■2007/08
■335p / 21cm / A5判
■ISBN 9784757141599
■定価 3990円
●目次
第1部 共和主義の現代的意義
第一章 「自由」と「善き生」―共和主義の現代的変容
第二章 共和主義とリベラルな平等―ロールズ正義論にみる共和主義的契機
第三章 現代のコミュニタリアニズムと共和主義
第2部 共和主義の歴史的展開
第四章 共和主義パラダイムにおける古代と近代―アリストテレスからヒュームまで
第五章 共和主義とリベラリズム―十七世紀イングランド政治思想への眼差し
第六章 「共和国」という「統治の学」の殿堂―ジェイムス・ハリントンとエドマンド・バークにみるその意義
第七章 イギリス経済思想における共和主義の影―スミス・ヒューム・ケインズ