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『朝日のあたる川 赤貧にっぽん釣りの旅二万三千キロ』真柄慎一(フライの雑誌社)

朝日のあたる川 赤貧にっぽん釣りの旅二万三千キロ

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「体だけは丈夫でな」と津々浦々でじいちゃんばあちゃんが言っている

ミュージシャンをめざして上京して3年。実力を思い知り早々に最初の夢を断った「僕」。手持ち無沙汰に、ふと釣りをしてみたくなる。子どものころ毎日のように遊んでいた川で見て憧れた「大人の遊び」、フライフィッシングを思い出したのである。まもなくフライフィッシングのための生活が始まる。趣味を通した友人が増える。働く目的がはっきりしているからバイトも順調。27歳になってバイト先の先輩から週に一日店をやってみないかと声がかかる。うれしいけど不安、なにより釣りから遠ざかってしまうのではないかという心配。悩んだすえにこう告げる。「釣りをしながら日本一周の旅がしたい」。つきましてはこういう気持ちで働くのは中途半端で苦しいからすぐに辞めさせてほしいと言う。なんとも義理がたい「僕」なのである。

     ※

100万円の資金で旅が始まる。「赤貧の」とあるけれど、友だちから餞別にとずいぶん食料品や酒、竿なんかをもらったようだし、各地で友人知人の実家にお邪魔してるし、折々にカノジョや友だちが旅先に訪ねてくるしで、たくさんの人の夢を車に積んだ心にリッチな旅である。九州から北海道まで23000キロ、日本広しと言えどもどこでも日本語が通じ、一番の目的は釣りであるから川をめざすのでそこには美しい自然があり道路もあり、温泉があり水がある。いかにもひとなつっこくて礼儀正しそうな著者の前にはやはりひとなつっこくて礼儀正しそうな各地のひとがあらわれ、「僕」はすぐうれしくなったり寂しくなったり、圧倒されたり満足して釣りを続ける。

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山形の実家にも立ち寄る。じいちゃんばあちゃんに今の自分を説明するが、仕事もしないで車に寝泊まりして釣りする毎日なんてわかってもらえない。お互いに疲れたころ、じいちゃんが言う。「まあよく分がらねげど、体だげ気をつけでな」。続いてばあちゃんが言う。「んだ。体だけ丈夫でな」。僕のじいちゃんばあちゃんだけじゃなく、こんなふうにひとの生き方をそのままうけいれて健康を願い、自分のできることを差し出してくれるひとがこの日本にはたくさんいます、僕はこの旅でそんなひとにたくさん会いました、ほら見てください、あなたの近くにもきっといるし、あなた自身がそうかもしれない。真柄さんという方はそういうことを書かないけれども、真柄さんの美しくしなやかに伸びたラインはそういう人々に届いていて、そしてそのことを、私たちはこの本を読んで知ることができるのである。



*版元のウェブサイトhttp://www.furainozasshi.com/で第一章と解説を無料公開中(8月11日現在)。


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