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『科学者として生き残る方法』フェデリコ・ロージ、テューダー・ジョンストン(著)、高橋さきの(訳)(日経BP社)

科学者として生き残る方法

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 小学校・中学校・高校の先生になるためには、それなりの教育を受け実習もこなして、教職免許を取らなければならない。そのような関門があることは、煩わしいかもしれないが、先生になるために何をすればよいかが明確で、目標に向かって進みやすい。

 一方、大学の先生になるためには、そのような国家試験などの免許は必要なく、したがって教え方の訓練など受ける機会はほとんどない。代わりに、研究者として一人前であることが条件となるが、これまた、何をどうすれば一人前になれるかもはっきりしていない。それぞれの研究者は、自分の周りの先輩を手本としながら、ローカルな情報に基づいて、自分なりの工夫を積み重ねていかなければならない。特に若いうちは、科学者の世界の全体像など見渡す機会がないまま、自分が選んだ方向に向かって進むしかなく、あとから振り返ると、しなくてもよい無駄な努力もたくさんしていたと気づいたりする。

 科学者・研究者がどう生きたらいいかが難しいところは、身分はサラリーマン風なのに、仕事の質は自由業に近いというアンバランスにあるのではないだろうか。サラリーマンなら、組織の中で何が期待されていて何をしたらいいのかがある程度はっきりしているであろう。一方、タレントなどの自由業なら、自分のやるべきことは自分で見つけなければならないという覚悟はすでにできてるはずで、周りとの関係はマネージャーという専門家に助けられながら築いていくのであろう。

 ところが、科学者・研究者は、組織の中での役割がはっきりしているわけではなく、かといって、マネージャーが身の回りの世話をしてくれるわけでもない。自分で、自分のマネージャー役もこなしながら生きていかなければならないという一人二役が求められる。

 こんな現状に身を置く科学者・研究者の卵にとって、本書は、一つの冷静な現状分析のきっかけと、自分自身のマネージャーになる方法を与えてくれる。

 指導教員の選び方、実験主体の道へ進むか理論主体の道へ進むかの選択などから始まって、研究予算の獲得方法、研究成果の発表方法、学会への参加の意義と方法、さらには、データねつ造や論文盗用などのモラルの問題までカバーしながら、二人の著者が、時には共通の意見を、時には相反するそれぞれの意見を、隠さず述べている。また、学生や、ポスドク研究員から始まって、ときには論文投稿者、会議の参加者、研究助成の応募者などとして振る舞いながら、次第に、論文の査読者、人事の審査委員、研究助成の選考委員、論文誌の編集委員などの仕事も含まれるようになっていくという科者の生態も紹介している。さらに、科学研究は一種のゲームであり、その中でプレーするためには資金としての研究費が重要な役割を持ち、したがって、研究費の獲得努力を馬鹿にしてはいけないなど、現実的な助言がたくさん含まれている。

 科学者や研究者という職業にあこがれて、この道に入ったばかりの人や、これから入ろうとしている人にとって、あこがれの裏に厳然としてある現実の姿をいずれは知らなければならない。本書は、それを教えてくれるものである。どうせ知らなければならないことなら、早めに知った方がよい。そんな需要にこの本は答えてくれるであろう。