『だまされる視覚 --- 錯視の楽しみ方』北岡明佳(化学同人)
17世紀のオランダを代表する画家レンブラントは、その作品の中で光を効果的に表現したことでも有名である。たとえば、彼の作品「愚かな金持ちの譬え」では、薄暗い部屋の中央に置かれたろうそくの光が周りを照らす様子がありありと描かれており、キャンバスの裏側に電球でも仕込んであるのではないかと疑いたくなるほどまぶしく感じる。この驚くべき表現技法から、レンブラントは、「光の画家」、「光と影の魔術師」などとも呼ばれている。この種の絵を見ると、自分でもこんなまぶしさを描いてみたいなと思うのは私だけではないであろう。
どうやったら、まぶしく光るものを絵の中で描くことができるか。私のこの長年の疑問に、あっけないほどさらっと答を教えてくれたのがこの本である。グラディエーションを使ってマッハの帯と呼ばれる錯視図形を作ればよい、というのがその答えである。さらに、「輝いて見えるからといって、明るく見えているわけではない」という説明を読むと、キャンバスの裏側に電球を仕込まなくてもいいんだと納得できる。
著者の立命館大学心理学専攻北岡明佳氏は、今をときめく錯視の権威で、そのホームページは全世界から膨大な数のアクセスを得ていることでも有名である。この本は、その著者が、錯視の面白さ・不思議さを、ベールに包まれた不可解なものではなくて、身近にあって誰にでも創作できるものという視点で紹介したものである。自らを錯視デザイナーとよび、自分が創作した錯視図形をたくさん紹介するだけでなくて、その作り方も、惜しげもなく披露してくれている。パソコンにお絵かきソフトを載せれば、だれでもその人のオリジナルな錯視図形を描けますよと、その描き方を手ほどきしている。だから、錯視デザインの指南書でもある。
作品につけたネーミングも楽しい。単に四角と丸が組み合わされているだけなのに「忍者」、単に正方形が四つあるだけなのに、錯視に関係ない蛸足のようなものを書き加えて「火星人」、同じような乗りで「カメの養殖」、「冬将軍」、「悟りの窓」、「神経細胞の発火」、「だんご30兄弟」など。これだけ自信満々に並べ立てられると、あきれるのを通り過ぎて、すがすがしい。
読んで楽しいだけではなくて、役に立つ錯視図形創作技法が詰まっている。いったん手にしたら、ずっと手元においておきたい、そして必要なときに読み直して利用したい、と思う本である。だから、きっと古本屋にはあまり出回らないであろう。