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『若者のトリセツ』岩間夏樹(生産性出版)

若者のトリセツ

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社会学的なマニュアル本~若者を使いこなすために」

 本書のタイトルにある「トリセツ」とは、取り扱い説明書の略である。だが、本書を読めば、たちどころに若者たちを取り扱うのがうまくなるかといえば、そうではないだろう。むしろ、そうした速攻の特効薬を当てにするような発想を戒めるところにこそ、本書の狙いはある。


 もちろん、本書を手に取ったり関心を寄せる大人たちが、日々、「使えない(と感じてしまうような)」若者たちを相手にしていることは想像に難くない。一人ひとりの名前と顔も具体的に思い浮かんでしまうほど、その悩みが根深いことも多いだろう。

 だが、ミクロな人間関係的というか、あるいは心理学的な対策といえばよいのか、そうした名前と顔が思い浮かぶような、個々の若者への対処法を本書は教えてくれるわけではない。そのような期待をする向きからすれば、本書は隔靴掻痒、遠回りなものに感じられて仕方ないだろう。

 というのも、あくまで本書は社会学的に、時代時代の変化を背景にして、なぜ若者たちが変化をしてきたのか、いうなれば、なぜ今の若者たちは大人たちから見ると「使えない」ように思われる存在になってきたのかを、論じているからである。

 なかなか飲み込みにくい視点かもしれないが、だがその一点さえ理解できるならば、本書は極めて明快な論理と文体で書かれたわかりやすい一冊であることが理解されよう。

 例えば、冒頭で西武ライオンズ渡辺久信監督の著作に触れながら、管理を強めるよりも若者たちの自主性を重んじた選手の起用法が触れられている。渡辺監督の著作によれば、それは「寛容力」と呼ばれ、いうなれば、しかるよりもほめて伸ばすような起用法である。野球で言うならば、驚くべきことにかの闘将星野仙一氏ですら、今年から東北楽天イーグルスの監督に就任するに当たっては、かつてのような鉄拳制裁は影を潜め、むしろ物分かりの良い監督でいることが多いと聞く。

 だが間違えてはならないのは、ただ単純にこれを読んだ大人が、身近な若者と接するときに「寛容力」をもって、自主性を重んじた接し方をすればよいという話ではないということだ。時代とともに、若者という存在のありようが変化してきたのならば、むしろそれに合わせて変えるべきなのは、個々人の心がけではなく、むしろ会社や組織のありようなのである。

 つまり、時代遅れの会社や組織のありようを、大人たちが若者たちに無理やりに当てはめるようなことがあってはならないのである。

 その点でいえば、時代の変化に適切に対応するためならば、自主性を重んじるどころか、逆にマニュアル化を強めるような対策も時に有効ではないかと筆者は述べている。

 というのも、ライフスタイルの多様化が進み、異なる世代間どころか、同じ世代内ですら価値観を共有できないことが増えている昨今においては、むしろ個々人の自主性に任せるよりも、企業の経営目標を「誤解のない正確で簡明な文章に置き換え」ておくことで、共通の目標設定をすることが必要と考えられるからである(p214)。

 もちろんそれは、中身のない理念を精神主義的に叩き込むようなことでは決してなく、あくまで戦略的に、機を見ながら、置きかえられていくような目標でなければならないだろう。

 このように、本書はマニュアル本といえばマニュアル本だが、これまでのとは一味違った、いうなれば、社会学的なマニュアル本ともいうべき一冊である。ぜひ、若者が「使えない」とお嘆きのあなたに薦めたい一冊である。


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