書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

『中央モノローグ線』小坂俊史(竹書房)

中央モノローグ線

→紀伊國屋書店で購入

「鉄道マンガの新しい可能性として~見事にキャラ化された中央線の各駅」

 空前の鉄道ブームが起こっている、と言われて久しいが、そうした中で、これまでにあまり関連を持たなかったようなジャンルにおいても鉄道の姿を目にすることが多くなった。その一つがマンガであろう。鉄道ファンの一人として、つい鉄道に関するものがあると、それが何であれ手にとってしまう癖が抜けない。


 果たして、そのようなジャンルが成立しているのかどうかは別として、鉄道マンガには、おおむね2つの種類があると言えそうだ。

 一つには、たまたま鉄道が素材として取り扱われたマンガ(あるいは小説がマンガ化されたもの)である。紀行ものなどがその代表といえるだろう。

 そしてもう一つは、これまでの鉄道趣味の世界にマンガが取り込まれていった、あるいは影響を与えていったようなものである。その代表として、恵知仁氏らを中心とする「鉄道擬人化」の動きを挙げることができるだろう。

 それまでにも、先頭車の前面を顔に見立てて、目や口を付け足すようなイラストは、江頭剛氏などによっても描かれてきたが、近年の「擬人化」は、まったく一人の人間そのものの姿として鉄道車両を表現するところに特徴がある。こうした動きは鉄道にだけ見られるものではないが、その意外さからすると、やはり「鉄道擬人化」のインパクトは相当に大きかったと言わざるを得ない。

 さて、こうした「鉄道擬人化」のインパクトの大きさを説明するならば、おそらくは鉄道に対する、まなざしがあたかも真逆を向くようになった変化にあるといえるのではないだろうか。というのも、ある時代までの鉄道とは、まさに超越的なシンボルであったからである。

 古くは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に代表されるように、それは未知なる空間へとつながっていく存在であり、あるいは戦後においても超絶的な速度をもった新幹線のように、やはり特別なあこがれをいだくような存在であった。

 しかしながら、「擬人化」され、キャラ化されるということは、超越的な存在どころか、一人の人間のような存在として、対等に関係性を構築しうる存在となったということである。いわば、友達や恋人のように、その性格や好みに合わせて、やり取りをすることになったということである。こうした鉄道に対する新たな接し方の局面を切り開いたという点で、「擬人化」の動きは今後も注視していく価値があるといえるだろう。

 さて前置きが長くなったが、本書は、JR中央線における各駅を「擬人化」しているという点においては、後者のジャンルと近い点をもつものといえる。しかしながら、正確にいえば、どちらにも属さない新しさを持っているという点において、本書は、新たな魅力を持った鉄道マンガの境地を切り開いた一作といえると思う。

 というのも、これまでの「擬人化」は、どちらかといえば性愛の対象として、男性向けに美少女の姿にキャラクター化されるか、あるいは女性向けに美少年の姿にキャラクター化されることが多くを占めてきたといえる。

 だが、本書においては、中央線の中野から武蔵境までの各駅を、いかにもその駅周辺に住んでいそうな普通の(どちらかといえばさえない)女性たちの姿に表現しているという点で、これまでの「擬人化」とは明らかに一線を画しているのである。

 たかが鉄道のひと駅ごとに、違ったキャラクターが設定できるものかと思うかもしれないが、これが中野在住のイラストレーター「なのか(29歳独身)」に始まり、武蔵境在住の「キョウコ(15歳中学生)」にいたるまで、実に見事に振り分けられているのである。

 もちろんそれは、「中央線文化」という言葉もあるように、学園闘争の時代以来、様々なサブカルチャーが発達してきたこの路線の特徴に負うところも大きいかもしれない(余談だが、評者がこのマンガを購入したのも、実はその代表の一つとも言える、中野ブロードウェイ内の書店であった)。実際に乗車していても、「中央線が好きだ」というメッセージの含まれた広告を、鉄道会社が自ら流すような路線は、寡聞にして他には知らない。

 このように、かつての時代のように鉄道を超越的な存在としてまなざすのとも違い、かといって、特殊な思い入れを持つために美少女や美少年にキャラクター化するのとも違って、ごく普通の女性の姿に「擬人化」したところに本書の特徴がある。そしてそれゆえに、本書は、特別に盛り上がったりも、ハラハラドキドキのスリル感もないが、肩肘を張らずにリラックスして読むことができ、どことなくさわやかで安心した読後感が残る一作となっているのである。

 ぜひ中央線に乗りながら、読んでみることをお勧めしたい。


→紀伊國屋書店で購入