『大奥』よしながふみ(白泉社)
「リアルな社会変動を描きだした歴史マンガ」
本作は、2011年に第56回小学館漫画賞(少女部門)を受賞したマンガであり、また2010年には嵐の二宮和也主演で映画化されている。すでに広く知られた作品であり、それに対する評価などもあまた存在する中で、いまさら何かを記すのも、屋上屋を重ねるがごときで実におこがましいことではある。
さて、本作品のモチーフが、将軍にとってのいわゆる「ハーレム」のような場所である「大奥」において、男女の立場が逆転していたら・・・というものであることはあまりにも知られた事実だろうから、ここではあえてマニアックに、社会学者としての立場から、本作が評価に値する点について考えてみたい。
それは、一言でいうならば、社会変動をリアリティを持って丁寧に描き出しているという点にあるといえる。つまり「大奥」において、男女が逆転している状況が、単なる反実仮想として、所与に前提とされているのではなく、むしろいかにしてそのような逆転した状況がもたらされてきたのかという「過程」が丹念に描き出されているのである。
いわばこうした「過程」が、社会学的に言うならば「社会変動」に相当するのだが、それも堅苦しい法律やその他の社会制度の変遷から描き出すのではなく、「大奥」を取り巻く一人一人の行為の積み重ねの中から、結果的に導かれたものとして描き出されているのである。
社会の仕組み(社会構造)や社会の変化(社会変動)を理解して、わかりやすく伝えるのが、社会学(者)の務めであるのだが、実はこれはそうそうたやすいことではない。
というのも、社会というものが、たんなる法律や社会制度だけからなるのでも、あるいは、個々人からなるのだけでもなく、それらがリンクして成り立っているからである。
よって、これらをすべて見据えて、リアルな記述をすることはそうそう容易なことではないのである。
しかしながら本作においては、個々人の心情描写も細やかであるし、それに基づいた行為や、やがてそれが社会全体の制度へと反映されていく過程など、どの水準においても説得力のあるストーリーが展開されている(それゆえに、一度読み始めるとなかなかやめられないのが悩みの種でもある)。
別な言い方をすれば、マンガやテレビドラマでよくあるような、たとえば転校生や交通事故といったご都合主義的で場当たり的なストーリー展開がとにかく少ないのだともいえる(しいていえば、男子人口のみが減少にいたる病気がはやったという点だけがご都合主義だろうか)。
したがって本作を読んでいると、あたかも事実を描き出した、よくできた歴史書を読んでいる錯覚に陥るし、学者として、このような論文を書いてみたいという気になるといっても、決して過言ではない(正直に吐露すれば、学者であっても、つい、ご都合主義的な説明を加えた論文を書いてしまうことは少なくないのだ)。
やや「ネタバレ」になってしまうが、ストーリー構成で言うならば、1巻はまだ反実仮想 の段階でとどまっている。それでも十分に面白いのだが、あえていえば、そこまでが普通のマンガであり、本格的に面白くなっていくのは、やはり社会変動の「過程」が丹念に描かれることになる2巻以降だと思う。
まだの方には、ぜひ一読をお勧めしたいマンガである。