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『日本はなぜ敗れるか―敗因21カ条』山本七平(角川書店)

日本はなぜ敗れるか―敗因21カ条

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「「安倍晋三“想定外”内閣」成立時にこそ読み返すべき著作」

 先日行われた衆院選の結果、自民党が圧勝し、安倍晋三氏が再び首相の座につくこととなった。選挙での勝利それ自体については、大方の予想通りであったものの、その後彼らが進めようとしている政策の内容は、この社会の多くの人々が期待していたようなものというより、むしろ温め続けてきた念願を、自分勝手にでも押し通そうというものに見えざるを得ない。

 果たして、震災からも復興もままならない今日の日本社会において、憲法の改正が喫緊の最重要課題なのかどうかは疑問が残る(もちろん、そうした意見を持つ人たちが一定数いることは確かだとしても)。

 この点において、今後安倍内閣が無理にでもこうした政策を押し通そうとするならば、この社会は、2011年3月11日に引き続いて、様々な「想定外」の事象に見舞われ続けるのではないか、といっても過言ではないだろう。

 さて、日本社会のこうした状況を振り返るとき、やはり先の大戦に関するいわゆる「失敗の研究」の蓄積を顧みることが重要だという思いを強くする。その中でも、私が選んだのは、山本七平氏の『日本はなぜ敗れるのか―敗因21カ条』である。

 本書は、長らく未刊行であった雑誌掲載論文が、2004年に著作の形にまとめられたものだが、その内容は1970年代後半に書かれたものでありながら、未だに今日の日本社会にとって有益なものである。

 サブタイトルにもある「敗因21カ条」とは、本書でも山本氏が大きく依拠している、小松真一氏の『虜人日記』から引用したものである。同書は、小松氏が文官として戦地に赴き、さらに捕虜となった経験を踏まえて書かれた、戦争体験談と反省記であり、きわめて客観的に書かれたその内容に対して、山本氏は高い評価を与えながら、日本の敗戦の原因について分析を進めている。

 その内容のどれもが、今日の社会においてもなお当てはまってしまうところが多く、いかにこの社会が進歩のないままに今日に至ってしまっているのかをまざまざと思い知らされるのだが、特に評者の印象に残ったのは、「第二章 バシー海峡」の内容であった。

 すなわち、「21カ条」の中の第15条では「バアーシー海峡の損害と、戦意喪失」と触れているのだが、よく知られたミッドウェー海戦や南方諸島の敗戦ではなく、むしろ多くの人々にとっては馴染みのない「バシー海峡の損害」を重視しているところにこそ、この小松氏の指摘の的確さが表れているのだという。

 詳細は本書をお読みいただきたいが、そこでは、台湾とフィリピンの間の「バシー海峡」こそが補給路として最重点を置くべきところだったにもかかわらず軽視され、むしろ先に例示したような決戦における敗戦に見えるような事象は、兵站が延び切ったことによる半ば当然の結果なのだという指摘がなされている。だからこそ、忘れてはならないのは、そうした敗戦以上にも、「バシー海峡」という補給路を十分に確保できなかったことなのだ。

 恥ずかしながら私も本書を手に取るまで、「バシー海峡」という地名とその重要性を十分に理解していなかったのだが、そのように本当は極めて重要でありながら、跡形もなく忘れされていってしまうことがらが、この社会には多すぎるように思えてならない。

 とりわけ、福島第一原子力発電所事故の影響が、未だに続いている今日において、まるで何ごともなかったかのように、原発の新設や維持に向けた政策が打ち出される状況を目の当たりにすると、その思いを強くせざるを得ない。

 本書を、今このタイミングにこそ、多くの人々にお読みいただきたいと思う。


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