中村隆文『不合理性の哲学』(みすず書房)
Theme 4 協力と信頼
近年、いわば純粋無垢の「合理的な人間」という描像がさまざまな形で見直されている。たとえば経済学では、行動経済学の登場により、われわれの実際の行動が必ずしも「自己の利益を最大化する」ものではないことが明らかにされている。また道徳心理学では、現実の道徳判断は(理性のみならず)直観にも多くを負っていることがたびたび指摘されている。本書も、「これまで前提されてきた人間の合理性を疑う」という意味では、そうした流れに位置するもののひとつだといえるだろう。
だが本書は、ただ単に合理性に対して懐疑的であるわけではない。いやむしろ、われわれの不合理性をも認めながら、われわれにあるとされる合理性を捉え直していこうというのが、本書のスタンスである。そしてその試みのなかで浮かび上がってくるのは、じつはときに不合理であるからこそ合理的であるといえるような、人間の不合理性と合理性の密な関係である。ゆえに本書は、「不合理性の哲学」であると同時に、「不合理性にもとづく合理性の哲学」でもあるのだ。
「利己的な個人がいかにして協調できるのか」という問題からスタートして、ひとつひとつ慎重かつ大胆に積み重ねられていく哲学的議論。その道筋をたどるのはけっして簡単ではないが、しかし、行きつ戻りつなんとか食らいついていけば、「協力」や「信頼」といったホットなテーマについても、ほかにはないアイデアを得ることができるだろう。学際的に考えたい人は、ぜひ本書にチャレンジしてほしいと思う。
(東京大学出版会 澤畑 塁・評)
※所属は2016年当時のものです。