山岸俊男『信頼の構造』(東京大学出版会)
Theme 4 協力と信頼
信頼は社会的不確実性の高い状況で必要とされるが、それが低い関係においてこそ生まれやすい。アメリカよりも安定した社会関係にある日本の方が、一般的信頼の水準が低い。他者一般を信頼する傾向の強い人間は単なるお人好しではない。この3つのパラドックスを出発点に信頼の定義を塗りかえ、あるべき社会への提言を織り交ぜ、信頼という言葉とはほど遠い己の人生に落ち着かない視線を投げかけさせながら、頁を繰る手の止まらない本書。信頼を社会的知性と捉えてその向上への投資を云々の件でさらにたじろぎながら、そっと閉じて書棚へと戻すこともない。人間の心は社会的環境との関係で考えられるべきで、それは環境に規定されるだけではなく、環境へと影響を及ぼしもするのであり、昨今そのことが忘れ去られているのではないか、これが裏側の主張だ。表のそれとは何か。「集団主義社会は安心を生み出すが信頼を破壊する」というものである。外部の社会へと対応するために、内部の結束を強化、維持するコミットメント関係は、そのことによって不確実性を低めようとしているが、そこで得られるのは信頼ではなく「安心」で、かようにやってきた日本も、そのままで社会・経済的効率を求めるのは難しかろうと。その前提と着地点には諸々議論もあろう。それでも、種々の実験を下敷きに注意深く示される、新しい関係へ、開かれた社会へと解き放つ「信頼」へ寄せる信頼、刺激に満ちて熱い。
(みすず書房 飯島 康・評)
※所属は2016年当時のものです。