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鈴木宏昭『教養としての認知科学』(東京大学出版会)

Theme 5 ひらめきを得るために

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「これが教養です」と差し出されたものは中身も見ずにご勘弁願いたくなってしまう性分なのですが、この本は外面と中身が違うような……タイトルの雰囲気でもちょっと損をしている本のような気がします。だから、私が独断と偏見でお勧めしたいのは、まず「はじめに」をざっと立ち読みすること。著者が描こうとしているのは、「教養」という言葉からイメージするような、確立した、静的な体系ではなくて、ダイナミックに変わりつつある認知科学という巨大なフィールドの最新の風景なんだとわかります。

そこでちょっとワクワクを感じた人には、p. 17に飛んで(失敬ですがお許しください)、さらに2章以降に出てくる面白い研究事例を立ち読みしてみることをお勧めしたいです。将棋棋士羽生善治さんのチャンキング能力や5歳の自閉症児ナディアの画力に感嘆し、「4枚カード問題」をやってみてまんまと間違えてしまう自分にヘコんだり、「人間が論理学にしたがわないわけ」に溜飲を下げたり。気になる部分だけ微視的につまみ食いしながら全体をめくっているうちに、この本が何をやろうとしているのかが見えてきます。

そのとき、読み飛ばしたエピソードや、その背景にある認知科学的なメカニズムをもっともっと知りたいと感じた人は、本書をじっくり読むことで想像以上にたくさんの発見があるのでは。著者の誠意が溢れ出た結果、ものすごい情報量の本になっています。

みすず書房 市原加奈子・評)

※所属は2016年当時のものです。