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マージョリー・シェファー『胡椒 暴虐の世界史』(白水社)

Theme 3 一粒から拡がる世界の歴史

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対する『反穀物の人類史』が、古代の農業革命に直面した狩猟採集民は穀物の軛から何とかして逃れようとした、というお話なら、こちらは、時は大航海時代、欲にかられた貿易商人たちがピリッと辛い黒いダイヤを何としてでも追い求めようとした物語だ。
アラブ商人の独占を打ち破ったヨーロッパ人たちはいかにして、この商品を獲得し、莫大な冨を懐に入れようとしたのか、その巨大な欲望がなぜ植民地と帝国主義に帰結したのかが、興味深いエピソード満載で語られる。
エピソード自体を挙げるのは野暮なので本を買っていただくとして、一読して感嘆するのは、歴史は欲望が作るのだなあ、というあきれた諦観だ。
胡椒を買付に行ったのにいつのまにやら海賊に成り下がった(?)船乗りたち、胡椒船に便乗して聖なる教えを広めようとしたイエズス会士たち…。そうした胡椒の周囲をめぐる有象無象が歴史の大きな流れを形作っていく。そしてその行きつく先がイギリスとオランダの東インド会社だったわけだ。しかしそのイギリス東インド会社に奉職していたのが、あの自由主義者ジョン・スチュアート・ミルだったというのは、なんという歴史の皮肉か!
胡椒を切り口にヨーロッパの世界覇権を描ききった快著である。

みすず書房 中林久志・評)