木村大治『見知らぬものと出会う』(東京大学出版会)
Theme 5 未知とのコミュニケーション
正直なことをいえば、SFというジャンルがすこし苦手です。世界観の設定でさまざまな疑問が湧いてきて、作品に入り込むことができないことが原因ですが、その最たるものが、人知をはるかに超えた地球外生命体が実際に存在するとして、そんなものがそもそも人類などに関心を向ける(=コミュニケートする)ことなんてありうるのかなといった疑念です。疑念と書きましたが、これは、地球外生命体という「他なる者」に対する自分なりの敬意のあらわれであり、ささやかな倫理であるとも思っています。ただしそれは、「敬して遠ざける」といった類のものであることも否定しません。
対して本書は、そうした「他なる者(=「長い『投射』」としての「宇宙人」、「短い『投射』」としての身近な他者)」との相互行為=コミュニケーションの成立条件を、SF作品を導きの糸としながら、哲学、論理学、情報理論、言語学、社会学、文化人類学、そして「宇宙人類学」等の多様なジャンルを横断しつつ、また、著者のフィールドワークの経験や身近なエピソードを交えながら明らかにしていきます。本書のもつ論理的で学術的な稠密さと、読み物としての面白さの共存は、たんに書物として良質のものであることを示すのみならず、「読者」という、著者にとってのファースト・コンタクトとなる相手に向けて「共在の枠」を生成させる試みであるかのようでもあります。それゆえ本書を通じてわれわれは、「コミュニケーション」という手垢にまみれただらしない言葉が失った、「ファースト・コンタクト」という緊張感を回復するのです。
SFに対する苦手意識は容易に克服されそうにありませんが、それでも、「他なる者」への志向性は放棄することなく、「接触にそなえたまえ」という呼びかけに対しては、つねに「はい」の姿勢でいたいと思うようになりました。
(白水社 栗本麻央・評)