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ジェームズ・C・スコット『反穀物の人類史』(みすず書房)

Theme 3 一粒から拡がる世界の歴史

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本書のタイトルを目にして連想したのは、『サピエンス全史』にあった、本来人間は穀物食をするようにできてはいないという話だった。実際、本書で出会う数々の驚きのなかに、なぜ多くの地域で穀物が主食となったのかの答えもあった。
そもそも、人間が定住したのは農業のためではなく、狩猟採集生活に好適な場所だったからで、たとえばそれがメソポタミアのユーフラテス川河口付近だったのだ(この地域で現代も採集生活を送る人々については、セシジャー『湿原のアラブ人』がある)。農業は狩猟採集よりエネルギー効率が悪いので、できればやらずにすませたいものだった。しかも家畜との生活は新たな伝染病や寄生虫をもたらし、集団での定住は伝染病にたいして脆弱なので、実際に最初期の国家の多くは伝染病で崩壊したという話は、新型コロナウイルスに悩まされる現在、感慨深い。そしてなぜ、早くに国家が誕生し発展した地域の多くで人が穀物を主食としているかといえば、穀物は税として管理しやすいからなのだ。米や麦は一度に実るので徴税官の目をごまかせず、長期の貯蔵も可能。豆やイモのように、査察の前後に収穫したり、地中に隠したりできない。その徴税をはじめとする国家行政のために、文字はそもそも誕生した。メソポタミアではながらく文字は簿記のためにとどまり、文学や宗教文書の類が誕生したのは500年以上もたってからのことであったという。
食生活や農業や定住、国の成り立ちや本というものについて、先入観や価値観を大きく揺さぶられる、新型コロナの時代の読者にお勧めの一冊である。

白水社 糟谷泰子・評)