書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

『How Children Succeed 』Paul Tough(Mariner Books)

How Children Succeed

→紀伊國屋ウェブストアで購入

「成功を導く子供の「性格」」

アメリカで子供はどう育てられているのか。この興味深い質問にひとつの答えを出しているのがこの『How Children Succeed』。書き手はニューヨーク・タイムズ・マガジンのポール・タフ。

ニューヨークで実際に子育てをしている僕の経験に照らし合わせると、アメリカの子育てはいわゆる「Cognitive Hypothesis(認知仮説)」文化が主流で、僕たち家族もこの文化のなかでいま実際に子育てをしている。

Cognitive Hypothesisを一口に言うと、勉強ができる子供を育てたいのなら、勉強を技術として、出来るだけ早くから、出来るだけ多く、子供に教えるというもの。特に3歳までにそれを行うことが重要だとしている。

この考えのもと「0歳から3歳」までの教材であるベイビー・アインシュタイン、あるいはそれ以降の子供向けの、DVD、絵本、そのほかの教材がニューヨークには(多分アメリカ中にも)溢れている。

僕たちもベイビー・アインシュタインのDVDを買い、アルファベットの絵本を買い、文字と絵がついた積み木を買った口だ。

Cognitive Hypothesisはある程度納得できる理論だ。例えば、夏休みに40冊の本を読んだ子供は4冊しか読まなかった子供と比べると、リーディングの力がつくだろう。

貧しい家庭の子供と豊かな家庭の子供を比べると、貧しい家庭の子供はこのトレーニングが少ない。そのため貧しい家庭の子供は学業において不利となる。

これは、ひとつの仮説だ。

Cognitive Hypothesisの中には、違った説もある。

その説によると子供の学力の違いは、ただひとつの要素で決定されるという。その唯一の要素とは親から子供が幼年期に聞く言葉の数。この説を唱える研究者たちによると、経済的に豊かな家庭で育つ子供は親から約3000万の言葉を聞き、貧しい家庭の子供は約1000万の言葉しか聞かない。そのため、貧しい家庭の子供は学業において不利となる。

そして、学業において不利な子供は人生でも成功する確率が低くなる。

Fair enough.

これはとても分かり安い仮説だ。入口での材料を多くすれば、出口での量も多くなるという理論だ。

しかし、この数年注目を集めているもうひとつの仮説がある。それはNoncognitive Hypothesis(非認知仮説)。

これは、学力の向上は、子供の脳にどれだけの情報を送り込むかが問題ではなく、子供にそれとは違った力の発達を促すことで決まるとする説だ。

その違った力とは、忍耐力、自己管理、好奇心、自尊心などというものだ。心理学者はこの力を「個の特性」と呼び、研究者はこれを「非認知的スキル」と呼ぶ。僕たち一般の人間はこれを「性格」と呼ぶ。

『How Children Succeed』は「子供に与える情報の量」というはっきりとしたものでは計れない、この「性格」あるいは「非認知的スキル」がいかに形成されて、それがいかに子供の学業、ひいては人生に影響を及ぼすかについて語った本だ。

例えば、子供時代に受けるストレスの話がある。

子供時代のストレスは後の思春期や大人の時代に悪影響を及ぼすという。人は物事が自分のコントロール外にあり、物事の進む道が自分の力が及ばないところにある時にストレスを感じる。

家庭内の子供のストレスは社会的な問題と考えられがちだが、生物学レベルの話だとこの本は説いている。

ネズミのテストで、子供を親から離しストレスを与えたあと、再び一緒にすると子供を舐めたり毛繕いをしたりする母親と、あまりしない母親がいた。その子ネズミが大人になりその行動を調べると、母親から毛繕いを受けたネズミは知らない環境によく適応し、迷路での成績もよく、自己管理が利き、攻撃性も低く、健康で長生きだった。

ネズミの母親を生まれた時に取り替えて実験し、その結果、この効果は生みの母親ではなく(つまり遺伝的なものではなく)、育ての母親の行為により決定されると分かった。

60年代から70年代の研究でこれは人間でも同じで、自分の感情に応える母親を持った子供は、自立心が高く、「Secure Base(心の安全基地)」を持っているため、違う世界にも出て行くようになるという。

この「性格」の影響は、母親が毛繕いをすると 子ネズミのDNAレベルでケミカルが変わることで証明されている。つまり、「性格」は遺伝ではなく、個が獲得できる特性なのだ。

50年代のアメリカでの親に対するアドバイスは、子供が泣いた時には「あまやかさない」ために、抱き上げたりしないようにというものだった。それが子供の自立心を育てるとしていた。それが60年代から70年代のこの研究で変わったという。 

この本では、学業ひいては人生では、知能の高さより、失敗をしてもまた挑戦をしていく子供、自己管理ができる子供、好奇心がある子供が成功していくという。つまり、「知能」よりも「性格」の方が成功の鍵を握るのだ。

また、著者はIQテストでの「M&M テスト」を紹介している。これは、IQテストを受ける子供に、ひとつの正解に対して一粒のM&Mを上げると、何もあげない時よりもIQが平均して12ポイントも上がったというもの。

つまり、もし子供の勉強にうまく動機づけができれば、その子供はよりよい成績を上げることができるということだ。

この本では紹介されていないが、学生が目標の成績をあげそれを維持すれば、その学生にお金をあげる学校がアメリカにはある。このやり方は、一方からは「賄賂」を受けて育つ学生がどんな人間になるかを危惧する声も上がっている。

また、学生のモチベーションをあげる優れた先生にボーナスを支払う制度を採用している学校もある。

学生のモチベーションをどう上げ、それを維持するかにはまだ明確な答えは出ていないようだ。

このほかにも、この本には様々な研究成果が紹介され、後半の章ではジャーナリストの著者が学生の現状をフィールドスターディ的に紹介していて、アメリカで子育て中の僕にはそこはかとなく興味深い本だった。


→紀伊國屋ウェブストアで購入